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「山神の花嫁_昔話」
冬の月影

冬の月影(9)

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扉は軋むこともなく、滑らかに左右に開く。
ここに入るのはいつ以来だろうと翡翠は思う。中は全く変わっていなかった。柔らかい月の光が大きくとった窓から入り込み、扉の向こうの広間に降り注いでいた。
建物に人の気配はない。
掃除だけは人型にさせているせいで、塵一つない広間は何百年も封鎖しているとは思えない。
翡翠の胸の奥にちりりと痛みが走った。しかし、それは思っていたほどではなく、思い出という名のほろ苦い痛みだ。
「翡翠様、離して下さい」
襖がならぶ廊下まで、嫌がる泉を引きずるように歩いた。部屋の入り口が見えだすと泉が暴れ出す。あいている腕を振り回す泉をそれでも翡翠は離さない。
「お前が見たがったんだろうが。どこから見る?片っ端から襖をあけるか?」
泉が大きく首を横に振った。
「こんな夜中に騒いだら、皆様に迷惑が……」
「皆さまって誰だ。泉、よく見ろ」
一陣の風が廊下を滑る。渦を描く風が全ての襖を大きく開いた。
ばたんと大きな音が響き渡り、そして静寂が戻る。
誰も扉から出てこない。声もしない。
翡翠は泉の腕を引っ張ると廊下を歩きだした。大きく開いた扉の向こうはどの部屋も人気はない。
家具には布が掛けられ、長いこと部屋の主が不在であることがわかる。
全ての部屋が同じだった。
泉の息を飲む音がする。
どんどん部屋を通り過ぎ、翡翠はさらに宮の奥へと泉を連れていく。
扉の数がまばらになり、宮の奥に大きな扉が見えた。
ここだけが襖ではなく、大きな片開きの扉だ。
そういえば、唐風にと誂えたのだっただろうか。
足を止めずに翡翠はまっすぐその部屋の前まで歩く。行く先々に見える襖は風が勝手に開いていった。左右に並ぶ部屋は、衣装部屋や書斎、女官の控室だ。
かつては、女官たちがさんざめき、翡翠の訪れに彼女達が浮足立ったものだ。
耳の奥に残る音に翡翠は目の前の大きな扉を睨みつけた。ぐいと泉の腕を引き、片手で腰を攫うとぐっと抱き締める。
耳鳴りのように響いていた過去からの音がぴたりと止んだ。
「翡翠様……ここは?」
震える声に泉を見れば、顔色が白く、唇が震えていた。怯えているのだろう。
「後宮の主人の部屋」
告げると細い身体が震えた。
「ここまで誰もいなかっただろう?」
腕の中の泉は震えながら頷く。
「そして、ここも……」
翡翠は腕の中に泉を抱き締めながら、あいている右手で扉を開いた。
広い部屋だった。家具は少なく、それでも女性が好む趣味の良い茶卓と屏風が板の間に置かれていた。
入って右奥には少し高くしつらえた床に畳が敷かれ、その上に臥所があった。紗の布で覆われている。
「翡翠」
一瞬、彼女の声が翡翠の耳底に揺れた。
翡翠は琥珀の瞳を閉じる。
ここに居を構え、ここら一体の山を取り仕切りだしたばかりのころ。山神である自分を呼び出して、契約をと迫った美しい娘……。
山の実りと山の災害から村を守ること山の水の流れを変えないこと。
彼女の願いはたった3つ。
そのために、人の血肉が必要だと嗤った俺に、私を食らえばいいと鮮やかな微笑みで告げた。
その微笑みに彼女の願いに乗ってみようと思ったのはほんの戯れだったはずだったのに。
彼女を食らえずに、ここに連れてきた。自分の後宮の女主人として。
彼女はここを仕切り、いつも後宮は幸せな笑いと温かさに包まれていた。
「ねえ、翡翠」
ここに来て、80年が経った頃、彼女は翡翠に笑って告げた。
「私は人間として生きたい」
契約を持ちかけた時と同じ鮮やかな笑みで彼女は微笑む。
意味はわかるわよねと瞳が言葉を継いだ。
翡翠は彼女の望みをかなえることしかできなかった。彼女を解放することは彼女を失うことだったけれど。
「あなたをおいて逝くことを許して」
最期に彼女はそう言って、永久に俺の前からいなくなった。
鮮明な思い出と哀しみを残して……。
翡翠は瞳を開く。琥珀色の瞳が哀しみに揺れた。
そして驚く。
くつくつと笑いが翡翠の喉を震わせた。
「翡翠様?」
腕の中の泉が急に笑いだした翡翠に心配げな声を上げる。
翡翠の笑いは止まらない。くつくつと喉で笑い続ける。
あいている手で翡翠は顔を覆った。
哀しみの残滓が胸をついたが、涙は出なかった。
そして、翡翠は気づく。
すでに自分の中に彼女の面影もそして名前さえ残っていないことを。
翡翠は笑い続ける。
あの時、哀しみが深くて、耐えがたい孤独のために、この宮を封鎖した。
それ以来、二度とこの部屋に訪れることもなく……。
だが、哀しみは時が癒してしまった。彼女の記憶を風化させることで。
そして、孤独は……。
翡翠は笑いを収め、傍らの泉に視線を向けた。心配そうな瞳がまっすぐに翡翠を見つめている。
――孤独はこの瞳が、この温もりが癒してくれた。
「……泉」
名を呼ぶと泉が「はい」と答える。
「気が済んだか?この宮は無人だ。もう、何百年も」
泉が驚きに大きく瞳を見開いた。
「言ったろう。俺はずっと一人でここに住んでいると。贄の花嫁がたまには一緒だったこともあったがな」
泉は頷く。それは昔に泉にも話したことだ。どの花嫁もこの山の宮にも俺にもなじめずに離れて行ったと。
「だから、この宮は俺には不要で。ずっと封鎖していた」
翡翠の言葉を泉はまっすぐな瞳で聞いている。
「お前が俺の部屋で眠るのは俺がそうして欲しいから。それが普通でなくてもいいんだ。この宮はお前と俺の二人きりの宮だ。だから、お前の温もりを抱いて眠りたい」
「翡翠様……」
掠れた吐息のような声で囁くと、泉はいきなり翡翠の前で膝を折る。
「申し訳ありません。私は……私は、あなたに……」
泉の言葉を遮るように翡翠は泉の腕を取って立たせると、頤に指を掛け顔を上向かせる。ゆっくりと翡翠は泉に顔を近づけ、口づけた。
泉の口内は甘くて熱くて、泉がいることは夢ではないことを翡翠に教える。翡翠は貪るように泉の口腔内を味わった。歯列を舐め、舌を撫で上げ、裏顎や頬の裏まで、泉が熱い吐息を上げ始めるまで、夢中で辿った。
苦しそうな泉の息遣いに翡翠は名残惜し気に泉の唇を解放した。溢れでた唾液がくちゅりと音を立てる。泉の身体から力が抜けて崩れ落ちた。それを軽々と受け止めて、翡翠は泉を片腕に座らせるように抱き上げた。
「帰るぞ。言い訳は俺の部屋で聞いてやる」
落ちないように力の入らない手で、翡翠の着物の胸元をつかんだ泉は翡翠を見上げる。
「それとも……」
少し意地悪な気分になって翡翠は泉を見つめて、にっと笑った。
「それとも、今すぐここで抱かれるか?」
それでもいいと翡翠は思う。ここにあると思っていた思い出も悲しみも時とともに風化し、消え去っていた。いま、翡翠の腕にあるのは泉の温もりだけだ。そして、翡翠にとってはそれだけで十分だった。
泉はみるみる耳の先まで紅くして、首を左右に振った。
「……翡翠様……」
その様子に翡翠は声を出して笑った。何もかもが吹っ切れた笑いだった。
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