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 ←寝ぼけてたらしい →告白の向こうへ(7)
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告白の向こうへ

告白の向こうへ(6)

 ←寝ぼけてたらしい →告白の向こうへ(7)
顔を合わせづらくても水曜日の次は当然木曜日で、仕事は待ってくれない。実生は寝不足で重い頭を持て余しながらも会社へと向かった。昨夜、そのまま布団にもぐっても涙が止まらず、瞼が少し腫れぼったい。
いつものように自席について、PCを立ち上げる。今日は、既存顧客に頼まれた製品の案内資料の作成の予定でよかったと思う。こんな顔のまま、営業には行けない。
大きなため息をついた後、同じブロックにある律人の席を見るが、まだ来ていなかった。
始業時間まであと5分ほどなのにと思って、外出かなと思い返す。
実生はほっとした。どんな顔をして律人に会えばいいかわからなかったし、その時に自分が平静でいられる自信もなかった。昨夜もいろいろなことを悩んではほとんど眠れなかった。目を閉じるとまっすぐに自分を射抜いた律人の視線を思い出して、顔に熱が上がって、どうにも眠気が飛んでしまった。
それでも眠ろうと努力はしたが、結局、空が明るくなってから少しうつらうつらしただけだ。その眠りすら、「好きだ」と囁く律人が、実生の首筋に唇を落とす夢で遮られ、実生は寝たりないのにいつもと同じ時間に目を覚ましていた。
さすがに眠くてちいさく欠伸をし、うんと身体を伸ばすとメールのチェックを始めた。仕事に集中するべく努力する。今は、何も考えたくなかった。

終業時間からすでに1時間ほどたったころ、
「なあ。小野原、知らねえ?」
よく律人と同行している営業の橋本がそう尋ねてきて、実生は首を横に振った。
結局、終日、律人はオフィスに現れなかった。営業という仕事上、珍しいことではないが、
なんとなく不安を感じる。
「俺の担当のお客さんから質問事項を預かっているんだけどさ」
橋本が困ったように頭をかく。
「急ぎ?」
「今週中くらいで大丈夫だけど、小野原に伝えないといけなくてな。伝えるのが難しいのもあるから、口頭で説明したかったんだけどさ」実生はPCの部内予定表を開いて、律人の予定を確認する。
「あー、明日も明後日も外出になってるよ」
「そうか。しょうがないな。わかった。メールで連絡しとくことにする。もしも、こっち戻ってくることあったら、俺に連絡するように言ってくれ」
橋本はそういうとじゃあなと背をむける。その背を見送りながら、実生は律人の予定表に目を落としため息をついた。
次の週になっても律人はオフィスに顔を出さない。予定表には有給休暇と記載されていた。
携帯電話を握って、実生は連絡を取るべきか何度も逡巡する。だが、何を話せばいい。いままでだって、休みを取るときに自分に連絡がないこともそうそう珍しいことではない。
実際には、律人が実生に連絡なしに休みをとったことなど一度もないにもかかわらず、実生は先週の気まずい思いをもう一度したくなくて、電話を鞄にしまいなおした。
「小野原、風邪?」
営業やらマーケティング部の同僚がやってきては、実生に律人のことを聞いていく。
「小野原と付き合いが長いのは、霧森だろう。あいつがこんなに休んでんの珍しいよな。そんなに具合悪いのか?」
「知らない」と首を横に振る。上司には病欠と連絡がいっているのだろうか。彼らの問いかけに自分にはまったく一言もなく律人が会社に姿を見せていないことを再認識させられて、苛立たしさが募った。
「俺のせいなのか……?」
口の中で呟く。あの日以来、律人は姿を見せないのだから、自分のせいだと思っても不思議はないだろう。
友達じゃダメなんだと告げた律人を思い出す。決心したような寂しそうな瞳をしていた。
「俺が想いを受け取らなかったから友達もやめるってことなのか」
いらいらと足を早め、会社を出る。その足で、実生は律人の住むマンションに向かった。苛立たしさと憤りだけでここに向かってきたが、マンションが近づいてくると足が重くなる。
会ったら何を言えばいいんだ?
何度も自問して答えは得られない。このままだと苛立ちのままに律人に暴言を吐きそうだ。
実生は足を止めた。下からマンションの律人の部屋を見上げる。律人が実生を避けていてオフィスに来ないのだと思う一方で、実は、律人が重い病気を患って寝込んでいるんじゃないかという、押し込めた不安がじわじわと実生の心に広がる。心配と苛立ちと相反する思いが実生の心を行き来する。別れた時は元気だったからそんなことはあるはずがないと否定しても不安はぬぐえずに、結局、実生は律人が心配で、部屋へと足を運んでしまった。
チャイムを鳴らして待つ。
応答はない。それを何度か繰り返したが、同じことだった。ドアの向こうはしんと静かで誰もいないような気さえする。
実生はだんだんと怖くなり、こぶしで扉を何度もたたいた。
だが、中から応えはなく、耳を扉に押し当てても部屋の中からは物音ひとつ聞こえない。
「いないのか……」
ここに来れば会えると思っていただけに、実生の落胆は大きかった。扉に背をついて、ずるずると座り込む。
「そうだよ。ちょっと近くのコンビニまで食べるものでも探しに行ったに決まっている」
膝の頭に額をつけて、自分に言い聞かせるように呟いて、実生は扉の前に座り込んで律人の帰りを待った。
運よく、周りの住人にあうこともなく、実生はそこで2時間近く律人が現れるのを待ち続けた。
だが、律人は帰ってくる気配もなく、また、部屋にも誰もいる様子はない。
「どこ行ったんだよ」
実生はいらいらと立ち上がった。どうするか、ひどく迷って、迷った末に、実生は一度、家に帰ることにした。ここに来た時はまだ明るかった空も、現れない律人を待っている間に、すっかり暗くなった。さすがに誰かに見とがめられたら、不審がられるだろう。
鞄からシステムノートを出すと端を切り取り、そこに『差し入れ』と走り書いて、ドリンク剤と風邪薬を入れたビニール袋にメモを入れるとドアノブにかけた。
実生はその場を後にする。何度も何度も振り返るが、扉は口を開く様子はなく、冷たく閉ざされている。
言いたいこともあったはずなのに、肩透かしを食った心境で、実生は重い足を引きずりながら、マンションのエントランスを出る。すっかり暗くなった道を外灯がぼうっと照らしていた。
人通りはまばらで、その人たちもみな家路を急いでいる。何度も振り返りながらマンションを後にする実生には目もくれない。
最後にもう一度、律人の部屋の窓を見上げ、窓の中が真っ暗なことを確認すると実生は足を踏み出した。やっぱり留守なんだという諦めと、どこへ行ったんだろうという心配が入り混じった感情がぐるぐると胸の底を回った。落胆からか駅への道を歩き出す自分の足先をみつめていた実生は、こちらに近づく人の気配にふと顔をあげる。
マンションに向かってくる人影が目に映った。すらりとしたシルエット、背が高く、きれいな姿勢で歩いてくる。暗がりで外灯の明りが逆光になっていて顔はよく見えなかったが、実生は瞬間的に、律人だと認識した。
「……小野原……」
実生の声に気が付いたのか、相手も驚いた顔をし、歩く足を止めている。
「いままで……どこに」
心配が憤りに変わり、怒りが腹の底から湧いてきて、実生は律人に走り寄った。
「会社休んで、いままでどこにいたんだよ」
だが、律人は何も言わずに唇を引き結んで眉間にしわを寄せる。
「黙ってないでなんとか言えよ」
怒りに目がくらんで、よく見えていなかったが、叫んだ瞬間、律人の隣に立つ人物が身じろいだことに実生は気が付いた。
ばつが悪くて実生は息をのんだ。
実生と同じくらいの身長の華奢できれいな人だった。髪は明るい茶色で短いものの、ふわふわな感じで、小さな顔に配置よくパーツが収まっている。薄紅色の唇のわきに小さなほくろがあった。
年は実生たちより下だろう。少年とも青年とも呼べそうな危うい年代に見えた。その人が律人のシャツを握って、律人を見上げている。その瞳が「この人だれ?」と語っているのがわかった。
律人は実生を睨んだきり、何も言わない。きつく結ばれた唇に律人が自分を歓迎していないことを実生は知った。
「小野原」
怒りはあっという間にしぼんで、かわりにじわじわと不安だけが実生の中に湧いてくる。名を呼んではみたが、声は口の中で消えた。
だが、律人には聞こえたのだろう。実生から視線を外さずに、律人は隣に寄り添う人の腰に手を回すと歩くように促した。歩き出した二人は実生など見えていないようにその横を通り過ぎる。
「小野原!」
叫んでも律人は振り向かず、淡々とその長い足を運んでマンションのエントランスへと入っていく。隣にぴったりと寄り添った人だけが、気まずそうに実生をちらちらと振り返った。
実生の足は根が生えたようにその場からぴくりとも動けなかった。エントランスの自動扉が二人の背を完全に隠してしまっても、ただその扉を見つめていた。
頭の中にはかたくなな態度の律人に対する憤り、そして、隣にいた人間に対する疑問が渦を巻く。
実生はそこに佇んだままどうすることもできずに、呆然と扉をみつめたまま立ち尽くした。

どうして。
ベッドで寝返りを打ちながら、実生は何度も自問する。律人はあいかわらずオフィスには姿を見せない。予定表は外出で埋まっている。
あの人は誰?
律人があの青年を愛しそうに抱きしめる映像が何度も頭の中でリフレインした。
律人の想いに応えられなかったのは自分なのだから、こんな風に嫌だと思うのはおかしい。
彼はきっと律人の気持ちに応えたんだろう。律人が自分を見限って、他の律人を好きだという人に傾いたっておかしくない。
「でも、嫌なんだ」
つい呟いた自分の声が鼓膜を震わせて、実生は我儘だと思う。自分の立ち位置を盗られたような感覚に憤りがわく。
その感情に実生は自嘲した。今更だ。
2年、友人でいる努力をした期間と律人は言っていた。もう限界なんだとも。
実生はそういえばと思った。
律人と知り合って3年、律人に特定の誰かがいることを匂わせたことがないことに今更ながら思い至ったのだ。相手が男だから律人が隠していて、実生が気が付かなかっただけかもしれないが、律人はその間、恋人もつくらず、ずっと実生を見てきたんだろうか。
それに……
実生は再度枕を抱えて、寝返りを打った。
実生の周りにも変化はあった。
律人が実生の隣にいなくなった途端に、やたらと女性に声をかけられることが増えたのだ。
実生は昼間のことを思い出す。
「霧森さん」
校舎の廊下を歩いていると名を呼ばれて実生は振り向いた。まっすぐな髪を肩より下まで伸ばした色白の女性が立っていた。見たことはあるが、名前までは知らない顔だ。女性らしいワンピに薄いカーディガンを羽織っている。
「お昼帰り?小野原さんは?」
誰もがかならず最初にこれを訊くなと実生は思う。そのたびに心の中で苦笑した。そんなに律人とセットでいたんだろうか。
「今日は見てない」
こう返事をするのにも慣れてしまった。
「そうなんだ。ところで、霧森さんって今夜、時間あるかな?」
「なんで?」
「みんなで飲みに行くんだけど、霧森さんも来ないかなあと思って」一歩前に出る彼女に押されて、実生は一歩下がる。
「え、えっと、今日はちょっと」
「残業?」
微笑みながら問われて、首を横に振る。残念ながら今日はノー残業デーだ。嘘をついてもばれるだろう。
「よかった。ねえ。行きましょうよ」
きれいな娘に甘くてかわいい声で誘われて、ふつう男なら悪い気はしないだろう。だが、実生はまったく心が動かなかった。白い肌も大きくてふっくらとした胸にも何も感じない。
彼女を作ろうと思っていたことがまるで嘘のようだ。それより、こうやって可愛くふるまうのを見ていると律人の隣にいたきれいな青年を思い出してしまう。律人にあたりまえのように寄り添って、それが普通みたいだった。また心臓の下の方がつきんと痛んで実生は軽く眉を寄せた。片手で自分のシャツの腹のあたりをぎゅっとつかむ。ここのところ頻繁に感じる胸の痛み。律人のことを考えると、覚える痛みだ。
「今日はちょっと無理。ごめんね」
あっさりと告げて、実生はその女性に背を向けた。
「なんでかなあ」
思い出したら、あの時の胸の痛みまで甦って、天井を見つめながら実生は大きく息を吐いた。
今日だけではないんだよな。と思う。『一緒に帰ろう』とか、『見たい映画があるんだよね』とか、話したこともない女子社員がやってきては声をかけていく。
だが、いままでにはこんなことはなかった。仕事がらみの人間は律人の有無に関係なく、話をしているが、誘いを持ってくる女性と話をする機会なんてほとんどなかったのだ。
「どうなってるんだろう」
まさか、律人が防波堤になっていたわけでもあるまいに、律人が実生の隣に来なくなったとたんに変わった現実に実生は首をかしげる。
だけど、一番会いたい人は会いに来ない。
「あいつ誰だったんだろう」
脳裏に律人の隣に立っていた青年を思い浮かべ、律人はさらに大きく息をつく。そうしないと飲み込めない苦しい塊が喉をせりあがって息ができなくなりそうだ。
恋人かもと思い、違うと否定し、実生は痛む胸に手をあててシャツをギュッと握った。
あれから1週間。律人に会えなくなって、すでに3週間が経つ。
恋をしたことのない実生にだって、この胸の痛みの正体はいやでもわかってしまった。だが、認めたくなかった。律人がすでに自分の心に住んでいたなんて、実生は自覚したくなかったのだと思う。律人とはいい友達で、ずっといい友達でいられると思っていた。それに、友達なら一生、側にいられる。律人とずっと、笑いあったり、時にはたわいない喧嘩なんてして、ずっと隣にいられると。
「俺……」
呟いてその後ろの言葉を実生は飲み込んだ。まさか親友まで失うはめになるとは思わなかった。親友の友情が愛情に変わってしまって、そしたら、もう友達でいられなくなってしまった。
「もうだめなのかな」
シャツを掴んだままの右手の拳をさらに握る。手のひらが白く血の気がなくなっても実生は握る手を緩められない。
会社では本当に律人に会えない。実生が外出しているときにオフィスに来ているようだが、ものの見事に予定がずれていた。避けられているのは明白だった。
ちゃんと会って話がしたい。きちんと向き合いたいと思って、実生はまた律人のマンションへの道を歩いてる。だが、会いたいと思う気持ちと、会ったら詰ってしまいそうで、それを恐れる気持ちが背反している。
重い足を引きずりながら、実生は繁華街を抜けていく。
鞄を肩にかけ直し、少し歩調を早めた。
「あれ?」
その途端に右肩の方から呼びかけるような声がした。つい振り返って、実生は足を止めた。
「君は……」
呟きは口の中に消えた。やはりこちらを振り返るように立っていたのは、律人の隣に並んで歩いていたあの時の青年だった。

「律人の友達だよね」
どうしてこんなことにと思いながら、前に座るきれいな青年を実生は憮然と見つめ返した。おしゃれなカフェはそれなりに客が入っており、忙しく店員がテーブルの周りを回っている。
「ほんとにきれいだね」
人の顔見てそういうセリフはないだろうと実生はますます不機嫌に眉間にしわを寄せる。
だいたい、きれいに染められた短いが明るい茶色の髪はきれいにセットされて、小さな顔を彩っており、くっきりとした二重の双眸で見つめられるときれいなのはそっちだろうと反論したくなる。
実生は目の前のアイスティーのストローを咥えながら、この青年に促されるままついてきたことを後悔していた。
道端でばったりあった彼は、「時間あるならお茶しない?」と軽く実生を誘い、返事も待たないままさっさと近くのカフェに入ってしまったのだ。追いかけるしかなくなって、実生はここにいる。
胸の底ではこの人が律人のなんなのか気になって仕方がないというのが、ついてきてしまった一因だった。
「律人の会社の友達なんだよね?」
凛と名乗った相手は砂糖もミルクも入れないホットコーヒーのカップを傾むけている。パッと見は高校生くらいにしか見えないのにやけにそれが決まっていて、なんだか無性に癪に障る。
だが、相手はそんなこと頓着しないようで、口元に人懐っこい笑みを浮かべていた。
「そうだけど……」
最近は避けられて顔も見ていないのに友達と言えるのかとちらりと頭の隅で考えたが、口には出せない。この人に、最近、顔も見ていないとは言いたくなかった。
「律人って会社ではどうなの?」
「どうって?」
何を訊かれているのかいまいちはっきりしなくて、実生は困ったように首をかしげる。
「うーん、律人ってかっこいいでしょう?優しいし、頭いいし」
律人をほめる言葉を口にされて、すでに自分のものだと言われているような気がして、実生はなんだか胸の中がもやもやする。
だが、律人がかっこいいことは同僚の誰もが認めることだと実生は頷く。
「ああ。できるやつだよ。営業成績もトップ3に入っているし」
「そうなの。すごいな。本当にさあ、理想なんだよね、律人って」
凛はうれしそうに口元を緩めた。微笑むと愛らしい顔が一段ときれいに見える。その表情を見ているとああ、律人のことが本当に好きなんだと思われて、実生はだんだん憂鬱になってきた。
「すごいもててるよ。いっつも女の子がそばにいるし」
意地悪い気分になって、実生は言わなくていいことまで口にし、自分で自分の言葉に傷ついた。
「そうかあ。ま、でも、そう簡単には律人は靡かないよね。もう、慣れっこだし」
凛は全く気にしていないようだ。見慣れているとでも言いたげな口調だ。
「いつから友達?」
いきなり話を自分に振られて、実生は瞳を眇めた。
「会社入ってからだけど」
「ふうん。結構長いね。でも、聞いたことないな……」
カップを傾けて、凛は中身を喉へ流し込む。また、その言葉にずきんと実生の胸が痛む。
「あ、あの。あなたは……」
律人の何かと聞きそうになって、実生はすんでのところで口を閉じた。聞いてどうするんだという気持ちと知りたいという欲求が交互に浮かんでは消える。
「そうだった」
凛はいま気付いたというように、足元の鞄から何かをとりだした。ぱらぱらとめくっているのはファッション誌だろうか。まったく、会話がかみ合わない。
「これ」
ページを開いたまま渡されて、実生はそれを受け取る。薄い茶色の髪をかき揚げて、こちらに意味ありげな視線を流している男性の写真だ。シルエットのきれいな白いシャツを着て、胸元にはシルバーの華奢なアクセサリーが揺れていた。
「これって……」
写真と目の前の凛を交互に眺めて、実生は驚きに目を見張る。そのさまが面白かったのか、凛はテーブルに身を乗り出して、にっと笑った。
「そう、俺。こういうの見ない?俺、割りと有名なんだけどな」
何を言っていいかわからず、実生は雑誌を握ったまま固まっている。おしゃれに興味がないわけではないが、こういった雑誌を買ってまで研究することはなかったから、まったく実生には目の前の青年がモデルをやっているなんて気づきもしなかった。
「テレビにも出ているんだけど、知らない?」
実生は首を横に振った。悪いとは思ったが、テレビも苦手でニュース以外はほとんど見ない。
「そう。知らないのか。この間、驚いてたから知っていると思ってたんだけど、今日会ってみたら全然それっぽくないし。ま、こういう仕事しているけど、身元は確かだから、俺」
そういう意味での発言じゃなかったのだが、と思っても目の前の凛は面白そうに笑っている。
「律人もだからわかるよね」
「え?」
「律人も同じ仕事なんだよ?知らない?」
その言葉にも実生は驚きに瞳を大きく開いた。
「今度見においでよ。かっこいいよ、男の色気っていうの。すごいんだよね。この間もさあ……」
凛が律人を褒めるのを聞いている実生の顔がこわばった。自分の顔が表情を無くしているのを他人事のように自覚した。目の前では、愛らしい笑みを浮かべた凛が、まるで自分のものを自慢するように律人がいかにかっこよくて優しいか語っている。
そんなこと知っている。ずっとそばにいて見ていたのだから。律人が優しくて、よく気が付いて、仕事ができて、そして見惚れるくらいかっこいいことなんて。
言われなくたって、誰よりも知っていると胸の奥がもやもやと渦巻くたびに実生は表情をなくしていく。凛の言葉は耳を素通りしていっているのに、律人と彼が名を呼ぶたびに、ずきんと刺されるように胸の奥が痛い。
「めったに褒め言葉を言わないカメラマンでさあ、この人に認められたいなあって誰もが思ってるわけ。律人ってさ、その人に次も一緒に仕事しようって言われてて。すごくない?さすが俺の律人って感じ?」
冗談ぽく言われた言葉だったのに、鋭いナイフのようにその言葉が身を貫いて、実生は痛みに席を立っていた。
「ちょっと」
後ろから凛の声がするがそれを振り切って店を出る。鞄を抱えなおし、足早に店を離れる。凛から一刻も早く離れたかった。認めたくないのだ。あの二人が恋人同士だという決定的な言葉をもらってすら、それを否定したい自分がいる。
「嫌だ」
やみくもに歩きながら、実生は嫌だと呟く。自分がどこに向かっているかも何をしたかったのかもよくわからない。頭の芯が冷えて、胃の奥が重く鈍痛がし、何も考えたくなかった。
嫌だ、いやだ、いやだ。
強い日差しが黒い雲に遮られ、見る見る間にあたりが暗くなっているのすら、実生にはわからない。ひんやりとした風が吹いて、遠くで雷鳴が鳴り響いているのすら耳に届いていなかった。
ぽつん。雨だれが一つ落ちてきた途端にバケツをひっくり返したような雨になる。シャワーのように線にすら見える雨の軌跡が道も店の屋根もすべての色を変えていく。側道を小川のように水が流れる。道行く人は慌てて店の軒先へと避難したり、クモの子を散らすように様々な方向に向かって走り出す。
「嫌だ」
瞬く間にずぶ濡れになりながら、実生は早足でどこへ向かうともなく歩いていく。スーツのジャケットが水を含んで重みを増す。
実生は、律人が自分の隣にいない生活を思い浮かべ、心の底に砂が降り積もるような乾いた感じを受ける。律人がいつもの優しい笑みを凛に向ける様子が頭に浮かんで、実生は勢いよく首を横に振った。髪を滴り落ちる水があたりに飛び散る。
「好きって言ったのに」
律人を責めるいわれはないのに、非難めいた言葉が口から滑り出る。好きって言っておきながら、実は付き合っている人がいて、実生が律人の気持ちを受け入れるのを躊躇したら、それっきりっておかしいだろう。
あてどなく歩き続けていた足を実生は止めた。滝のような雨が全身を強く打つままにしながら、実生は空を見上げた。頬を雨がうち、水が流れていく。目が開けていられずに、思わず瞼を閉じた。瞑った目に浮かぶのは、口端をあげて微笑む律人。
会いたい。会って、一言言ってやらないと気が済まない。それに意味があるかなんてどうでもいい。ないかもしれないし、律人にもっと嫌われるかもしれない。それでも、こんな理不尽なことがあっていいわけがない。
回る思考が止まっているなんて実生にはわからなかった。
実生は踵を返し、足を再び、律人の家に向ける。腹の底が熱くなるような怒りと胸をふさぐ不安が実生の中で拮抗し、律人の顔をみなければ収まりそうにない。
全身を強く打つ雨の中、実生は律人のマンションに向けて足を速めた。
「小野原。小野原。ここ開けろよ。いるんだろう」
律人の部屋のチャイムを何度も鳴らした。ドアを叩き、それでも応答がないと耳を扉にあてて中の気配を探る。中からは物音一つしなかった。
「なんでいないんだよ」
扉を一度大きく殴ると鈍い金属音が響く。だが、それすらも雷鳴にかき消された。
実生の足元には身体や髪から滴り落ちた水たまりができている。それにすら頓着せずに実生は額を扉に押し付けた。
「どこ行ったんだよ」
一瞬浮かびそうになった凛と律人の並ぶ姿を脳裏から無理やり追い出して、実生は扉に背中で持たれながら立ち尽くす。律人が戻ってくるまで待つつもりだった。とにかく顔を見たかった。さっき下で確認したエントランスの郵便受けには郵便が溜まっている風情もなかったし、いつになるかわからないが律人は部屋に帰ってくるだろう。律人に会ったら一回殴って、それから、全部、言いたいことをいってやる。
前髪から伝う水をぬぐいもせずに実生は双眸を閉じた。
俺を甘く見るなよ。
頭を扉にもたれさせ、実生は何時間でもここに居座ってやると固く誓った。
どのくらい待っただろう。雷鳴が遠のいても雨の音がしなくなっても律人は帰ってこない。薄闇が濃い闇に変わって、時刻が真夜中近くなる。身体が冷えて実生は両手でガタガタ震える自分の身体を抱きしめる。立っているのがつらくなって、扉に背を滑らせて、床にじかに座る。
濡れた身体を風が撫でると体温がどんどん奪われていく。夏だというのに、涼しいどころか寒く感じられて、実生は身体を小さく縮こまらせた。自分で自分を抱くように丸くなる。
「早く帰ってこいよ」
かすかに呟いて目を閉じた。
憶えているのはそこまでだ。きっと眠ってしまったんだろうと思う。あれだけ感じていた寒さが和らいでふわふわと身体が浮くような感覚を覚えたような気もするが、それすら定かではなかった。
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