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「山神の花嫁_昔話」
ひと夏の恋

ひと夏の恋(1)

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日差しが柔らかく空から降り注ぐ。
山の木々の葉に遮られた初夏の太陽は、恵みとなって地面へと舞い降りていた。樹木の間を縫う風がひんやりと身を冷ます。
山道の湿った地面を踏みしめながら、泉は上っていく。人が通った形跡の乏しい山頂へと緩やかに続くけもの道を行く。
「ふう」
山の中で、麓よりは気温は低いとはいえ、急こう配の道なき道を行けば、さすがに暑い。額に浮いた汗を腕でそっと拭う。腕を滑り落ちた着物の袖が肘のあたりにひっかかった。
緑深き人の踏み込まない領域に、浅黄色の着物と紺袴姿なうえに、長い黒髪を幅広の布で括って背に流す泉の姿を誰かが見たならば、それだけでも山の精とでも出会ったかと思っただろう。
現に、先日、出会った青年に桜の精と間違われたくらいだ。
梢の間から見える青い空を見上げて、泉は大きく息をついた。かなりの勾配を上ってきたから空が近い。目的地はもうすぐだ。
この時期の泉の目当ては、この道の先の小休止ができそうな広場だった。
何も歩いてこなくても、銀王に連れてきてもらえば、難なく辿りつける場所で、実際、銀王にもそう言われた。今朝のやり取りを空を見上げていたら思い出して、泉はくすりと笑った。

「ここでいいのか?」
宮から泉を背に乗せて、山の中の滝まで運んできた銀王は、首を器用に傾げた。
「はい。ありがとうございました」
泉は、微笑むと深々と頭を下げる。
「ここは人里に近い。こんなところで何をするつもりなんだ」
心配気な眼で泉を見た銀王が、怪訝そうに問うた。
「今日は、お山に入ります。上を目指すので、人には会わないでしょう。銀王さま、申し訳ないのですが、また夕方にお迎えにきていただいてもよろしいでしょうか」
「それは構わぬが……。行きたいところがあれば、連れて行く。そちらの方が早いし、安全だ。泉に何かあると、緑の主が黙っておらぬし」
泉の身体を取り巻くように寄り添った銀王が諭すのに、泉は淡く微笑む。銀の毛が腕に当たって、くすぐったい。
「翡翠さまは、今日、私が出かけるのも、どこに出向くのかもご存知です。ちゃんと許可もいただきましたし、こちらをいただいています」
懐から泉が取り出したのは、小さな錦の袋だ。房飾りのついた紐で縛られた小さな袋をとても大事に泉は抱きしめる。
「この中には玉が入っているんです。翡翠さまの髪と同じ色のそれはきれいな石です。これを持っていれば、私の居場所はどこにいてもわかるそうです」
「緑の主は、先日の泉の家出がよほど堪えたらしい」
くつくつと銀王が笑って、ふさふさのしっぽを大きく振った。よほど愉快だったようだ。
「ま、それなら問題ないか。それでは、日の暮れるころにここらに迎えに来よう。わが名を呼べ」
くるりとその場で、一回転すると銀王は首を空に向け、駆け上がる。
「ありがとうございます」
朝日を反射した銀の毛皮が青空に溶けるまで、泉はその背を見送った。
そんなに翡翠さまがこの石を持たせたことがおかしかったんだろうか。
思い出した朝の銀王の様子に泉は、懐の石をそっと押さえた。温もりさえ感じ、心まで温かくなる。自分にとっては嬉しい出来事だったから話したのに、なにがおかしかったんだろう。
そう思いながらも、押さえた石から元気をもらった気になって、泉は微笑んだ。
もう少しだ。
泉は細いけもの道をさらに上へと歩みを進めた。

「ああ」
一際、急な斜面を登り切った先の景色に、思わず感嘆の声が出た。緑の木々から垂れ下がるように見える一面の紫に泉は目を瞠った。
ヤマフジだ。太い幹の樹に巻きついたツルが上へ上へと延び、さらに隣の木の枝にまで絡まって、そこからブドウの房のような花が垂れている。
幾重にも幾重にも重なって見える薄紫色の花弁が、風に揺れて、涼やかな音さえ聞こえそうだ。
「なんて見事な……」
昨年の秋の山歩きで立派なツルを見つけて、初夏になったらぜひ、来ようと思っていた藤だ。想像よりも大きな花房とそれこそ一面に咲き誇った様子は、息をのむほど美しい。
やはり自分の足で来てよかったと泉は思う。美しさへの感動もそのせいでひとしおだ。
「翡翠さまにも見せたかった……」
息をするのすら忘れていたことに気付いて、泉は呟きそっと息をはいた。
夏に忙しいことなどあまりないのに、翡翠はどうしても竜胆のところに用があると龍神湖へと出かけて行った。傍らに仕えてすでに七十数年の月日が経ったが、泉には神様の仕事についてはほとんど知らないままだ。翡翠が泉を関わらせたがらないからもあるが、世の成り立ちは秘されなければならないことも多いようで、神様ではない泉には荷が重すぎる。
それに……。
竜胆のところに泉を連れて行くのを翡翠はよく思っていないのだ。顔を合わせるたびに、泉に思わせぶりな口説き文句を連ねる竜胆のせいで。
竜胆さまは翡翠さまをからかっているだけなのに。
出がけの翡翠の苦い顔を思って、泉は口端で微笑んだ。
翡翠は竜胆がまだ、泉をあきらめていないと思っているようだが、それは違う。賛辞の数々も単なる言葉遊びだ。それにいちいち反応する翡翠が面白くて、竜胆は泉に愛をささやく。
そのたびに機嫌の悪くなる翡翠に手を焼きながらも、実は嬉しく思っていることは、内緒だ。翡翠が泉を独占しようとするのがくすぐったくて、嬉しい。
「明日でもあさってでもやっぱり、翡翠さまにも見てもらおうかな」
幻想的ですらある藤の重なりに泉は上を見上げながら、ほうっと息をはいた。かすかに甘い香りが漂ってくる。
森の香気と相まって、沁み渡るような心地がする。
泉は藤の下に佇んだまま、梢に絡む藤の花をただ黙って見上げていた。心に焼き付けるように、帰ったら翡翠さまにこの話をしようと思いながら、藤を見上げ、その香りに身を浸した。
――と、
がさっと下草を揺らす音がし、泉はそちらに視線を投げた。がさがさと下草が音を立てるが、姿は見えない。ウサギかもしくは、蛇かもしれないと思いながら、そちらを見つめていると、黄色い三角形のぴんと立った耳が見えた。
それについで、鼻先の尖った動物が顔を出す。
「キツネ……?それも子供?」
泉は何度か目を瞬いた。つぶらな瞳がまっすぐに泉を見つめている。その視線があまりにも真剣で、何かを訴えているようで、泉はそちらに足を向ける。
野生動物は人には近寄らないし、懐かない。しかし、泉が近づいても子狐は逃げることもなく、ただ、じっと泉を見ていた。ぴくんと耳が時折動き、どこか苦しそうにすら見えて、泉は下草が足を傷つけるのも構わずに進んだ。
驚かさないように、ゆっくり泉は子狐に近づくが、びくんとキツネが身を震わせたのを見て、泉は微笑んで、足を止めた。
「どうしました?何か困っているのですか?」
狐にかけるには変な言葉かと思ったが、怖がっている初対面の相手で、どうもなにか不都合が生じていることがわかるだけに、泉もこれ以外の言葉が見つからなかった。
狐は小さく唸った。だが、威嚇されているというよりは、先ほどの問いに答えたようにも思え、泉は狐の全身が見えるように下草を手でかき分けた。黄色い見事な毛並みが見え、四肢が地面をぐっと踏ん張っていたが、後ろ脚のバランスが悪い。
「足をけがしているの?」
少し身を乗り出すと狐の後ろ脚が、枯れて倒れた木の洞(うろ)にすっぽりはまっているのが見える。この辺りを散歩中に運悪く、枯れ木の洞を踏んでしまい抜けられなくなったようだ。
「その嵌まっている穴を大きくして、抜けられるようにしましょう。だけどそのためには、あなたの足に触らないといけないのだけれど、いい?」
相手は人に飼いならされたものではない。だから、泉は人に対するように、相手に許可を求めた。動物が言葉を解するかはわからないが、目の前の狐は知らない人間が現れてもパニックを起こすわけでもなく、警戒心を解くわけでもなく、次の行動を考えているような気がしたのだ。
泉はそっと手を差し出した。狐が嫌なら、手をひっかくだろう距離で止める。
狐の視線は泉の手と目を何度も行き来していたが、鼻を少し前に出すと、くんっとその指のにおいをかぎ、それから、舌でぺろりと指先を舐めた。
「賢い子だ。足を抜いてあげるからじっとしていて」
懐から小刀を取り出すと泉は洞の外側を狐の足側を峰にして、枯れ木を裂き始めた。洞の入口は狭いが、中はすでに朽ちて空洞化しているらしく、小刀はさっくり樹皮の繊維を裂き、穴を広げていく。
三角に切り込みを入れるとがらりと穴が広がり、泉はそっと狐の足を持ち上げた。
嵌まっていた場所は毛皮に線がついて少し毛が擦り切れていたが、とくに怪我はしていないようで、泉はほっとする。
「もう大丈夫。歩けるよね?」
狐はその場で何回か後ろ脚を蹴りあげた。痛みもないようで、問題なく地面を蹴っている。
「よかった。気を付けておうちにおかえり」
その言葉とともに立ち上がって、泉は狐に背をむけると、そのまま藤の花房の下にもどった。
がさりと葉擦れの音がして、泉が下に視線を向けると子狐が泉の後ろをついて茂みを出、少し離れたところで座った。
ちょこんと座る姿が愛らしく、泉はくすりと笑う。狐はそれに応えるかのように、小さくしっぽを振った。
「もしかしてお腹がすいているの?」
何日もあの洞にはまって動けなかったのなら、それは腹が減っているだろうと泉は思う。野生の動物に食物を与えてはいけないことはわかっているが、困っている相手を見捨てられない泉は、手にしていた包みから握り飯を一つ取り出した。
自分用の昼食に持ってきたものだが、具は鮭であるし、食べられるだろう。
近くの大きめの葉を一枚とり、その上に握り飯を置いて、泉は狐と自分の間にそれをそっと置いた。
「よかったらお食べ」
微笑んでそういうと泉は、藤のつるが絡んだ大木の根まで下がってそこに腰を下ろす。
最初は、泉を見、握り飯に鼻をひくつかせ、狐はその場でじっとしていた。
泉は動かなかった。声も掛けず、身じろぎもしない。
さやさやと涼しい風が木々の葉を揺らし、泉の頭上では紫の花房がゆらりゆらりとそよいだ。泉は視線を空と藤へと上げる。空の青と藤の紫が目に染みる。しばらく目を細めて泉は、藤を見上げていたが、地面についていた手に濡れた感触を感じて、そちらに注意を戻した。狐が泉の指を小さな舌でぺろりとなめていた。握り飯の置いたはずの葉は、葉っぱだけになっていて、狐がそれを食べたんだと思う。
「礼を言ってくれているの?」
泉の指を舐める狐が可愛くて、泉はそのやわらかそうな毛皮を撫でたいと思った。
「触ってもいい?」
許可をとると、狐が耳を伏せた。触ってもいいんだと思って、泉はそっとあいている手を伸ばして、狐の頭に触れた。柔らかな毛の感触を手のひらに感じ、あったかいなと思う。
狐は気持ちよさそうに目を細めて、泉に撫でられるままになっている。
「かわいい」
狐を見つめて、泉は微笑んだ。狐がきょとんとつぶらな瞳を丸く開き、一度瞬いた。それから、耳をぴくんと動かしたかと思うと、そのまま、泉の膝にひらりと身を躍らせて、その上で丸くなってしまった。
「えっと……ここでお昼寝するの?」
あまりに人を恐れないその様子に泉は驚き、膝の上の重さに、こんなんで大丈夫なのかと思う。
狐は一度目を開けて、泉を見て、瞬きをするが、そのまま目を閉じてしまった。
まあ、いいかと泉は自分も残りの握り飯を取り出して、腹を満たし、狐の望むまま布団になって、藤を眺めていた。
風が山を渡り、汗をかいた肌を冷ましていく。優しい香りと美しさを泉は堪能した。

日が傾きはじめて、泉は立ち上がった。狐は少し前に目を覚ましていて、泉の動きに合わせて、膝から降りる。
「ごめんね。もう帰らないと。おまえもおうちにおかえり」
目の前に座った狐は太いしっぽをふるふると振った。つぶらな瞳がぱちくりと瞬く。それが肯定に見えて、泉は一つ頷きを返すと、山を下りはじめる。行きに踏みしめたからか、けもの道も草に邪魔されることなく進めるが、その草が露を含んで滑って、泉は気を付けて足を運ぶ。
なんとか滝までたどり着いた時には、夕日が山の端に沈み輪郭をにじませていた。
「泉」
滝の脇まで来た泉はそこで寝そべっている銀王を見るや駆け寄った。
「銀王さま、お待たせしてしまいましたか。それに……」
こんな人も来るところで、のんびり寝ていても大丈夫なのだろうかと泉は心配になって口を開いたのだが、銀王はのっそりと起き上がると泉に近寄り、しっぽで泉の背中をほとほとと叩いた。
「心配は無用だ。人には見えない」
穏形というのだと前に銀王が語ったことを泉は思い出した。術の一種で、気配を消し、姿をも力を持たないものからは隠せるのだとか。
「それより、泉」
鼻をひくりと動かして、鼻筋に皺を寄せて、銀王は泉の後ろに視線を投げた。
「その後ろのちびはなんだ?」
慌てて背後を振り返ると泉から5メートルほど離れた先に件の子狐がいた。
「おまえ……」
つぶやきを聞き分けたのか、子狐は一声鳴くと地面を蹴って泉に駆け寄り、銀王と泉の間に入ると、銀王に向かって唸り声を上げる。
身体の毛を逆立て、銀王を目いっぱい威嚇している狐は、その後ろ脚が震えていた。銀王に怖れを感じているくせに、泉を守ろうとしているらしい。
くつくつと銀王が喉の奥で笑って、にっと歯列を見せる。
さらに子狐は毛を逆立てた。泉は子狐の側にしゃがんで、その背をそっと押さえる。
狐は泉を見上げた。
「大丈夫。銀王さまはおまえに危害を加えたりしない。もちろん、私にも」
そう言い聞かせて、背を撫でると狐は向きを変えて、泉の手に頬を摺り寄せた。
「ずいぶん、懐かれたものだな」
苦笑交じりの声に顔を上げると、銀王が面白そうに泉と狐を見下ろしている。
「木の洞に足をとられていたのを助けたのですが……。どうして、うちに帰らなかったの?」
銀王に説明をして、泉は狐にも話しかける。狐は帰るところなんてないと言うように首を横に振った。
「この辺りは人里も近いから危ない。山奥にお帰り」
なおも説得しようとすると、狐はさらに首を横に振るので、泉は困ってしまった。
「宮に連れていったらどうだ?」
あくまでひどく面白そうな銀王に泉はすがるような目を向ける。
「でも……」
宮の主は翡翠であって泉ではない。翡翠の許可なく、連れて行ってもいいものだろうか。
銀王はふと空を仰ぎ、くんと鼻を鳴らした。
「ちょうど、主のお帰りだ」
銀王の言葉と翡翠が姿を現すのは同時だった。銀王の後ろにふわりと舞い降りた翡翠は、今朝方、泉が支度をしたままの直衣姿だった。髪を結いあげて、烏帽子で止めた姿はすっきりと凛々しく、きつくさえ見える琥珀の瞳と相まって、うっとりするほどの男ぶりだ。
「翡翠さま」
姿を見るや立ち上がり、泉は銀王の背後に立つ翡翠を見つめた。名を呟いた泉に快活な笑みを向けて、翡翠は泉に向かって足を踏み出す。
「おまえと銀王の気配が見えたからな、降りてきた。いつも悪いな、銀王」
銀王に礼を述べると「なんの」と銀王が笑う。
「このまま俺が泉を運ぼう。銀王も寄ってくれ、たまには夕食を一緒にしよう」
「そうだな」
答えながら銀王はにやにや笑っている。
その視線を追って、翡翠は泉の足元を見た。泉の着物に縋っている小さな生き物の首根っこを掴んで持ち上げる。
「このちびはなんだ?」
手足をばたつかせ、翡翠の手からの逃れようとする狐は、ぐるぐると唸り声を上げる。
「あっ。翡翠さま、そんな風に持ってはかわいそうです」
腕を差し伸べて、泉が狐を抱きとめて、胸に抱えた。狐はここぞとばかり、着物に爪を立てて泉にしがみついている。その身が震えていて、恐ろしかったんだと思う。
「なんだ。やけに泉に懐いているじゃないか」
翡翠が手を伸ばすと狐はくるりと振り返って、その手にかぷっと歯を立てた。
「翡翠さまっ!」
翡翠は手をそのままに、目だけ細めた。
「ほう……山の主にたてつくとは、なかなか気の強いちびだな」
「すみません。怯えているんです、この子」
翡翠の機嫌を損ねたかと泉は慌ててとりなす。歯を立てているが、抱きしめた身体が震えていて、狐が翡翠を怖がっているのは明白だ。
「だめだよ、口を離して。翡翠さまは山神様なんだから、守ってくれても、おまえに危害は加えない」
片手で泉は狐の口を開けさせようとすると、狐はあっさりと翡翠の手を離した。そのまま泉の手に頬を摺り寄せ、さらに胸に顔を伏せてしまった。
「あのな」
ますます不機嫌になる翡翠を泉はどうしていいかわからずに見上げる。
「大丈夫ですか……」
「ああ。そんなちびの牙は痛くもかゆくもないが。で、その狐、どうするつもりだ?」
「ここは危ないので、山に返したいんですけど、ついてきてしまって」
腕の中の狐を見て、泉はため息を落とす。泉が落胆したのがわかったのか、狐は身を伸ばして、泉の首辺りに手をついて、唇の周りをぺろぺろと舐める。
泉はくすくすと笑って、顔をそらした。
「くすぐったいよ」
それでも狐は泉の頬を顎を舌を伸ばして舐めている。
「こら、ちび」
手を伸ばして、翡翠が狐の首根っこを掴み、泉から引きはがす。
「翡翠さま」
今度は噛まれないようにか、少し身体から離して、翡翠は狐を首の後ろを摘まんだまま、宙につるす。身体を丸めて、それでも狐は翡翠を睨みあげる。
「泉に何をする」
声を低めた翡翠に銀王がくつくつと笑いを寄越し、翡翠はそれを横目で睨んだ。
「翡翠さま、かわいそうですって」
宙に吊り下げられている狐が哀れで、泉は慌てて翡翠からその身を奪い去って、胸に抱き込んだ。
「泉。そいつをかばうのか?」
「かばうもなにも、まだ小さくて、親もいないみたいですし……」
泉の言葉に翡翠はため息をついた。呆れたのかもしれない。
「で、どうする気だ」
「み、宮に連れて帰ってはいけませんか?」
そう言うだろうと思っていたのか、翡翠は再度、大きなため息をついた。
「離れの方ならいいぞ」
翡翠の言う離れはこの滝の裏側の洞窟を抜けたところにある崖に囲まれた屋敷のことだ。そこは人界ではあるが、動物も人も寄りつかない場所だ。
「だめです。あそこじゃ、一人ぼっちになってしまう」
「宮でも一緒だ。あそこにも動物はいないだろう?」
そうだっただろうかと泉は首を傾げた。宮の周りは森が広がっているし、そのまま高い山へと繋がっている。
銀王もそこに住んでいるし、鳥も動物も見かけている。
「そんなことはないです。宮の周りの森は賑やかではないですか」
泉の言葉に翡翠は舌打ちをし、銀王は笑った。
「おまえ、わかってないのか」
翡翠の言葉に泉は首を傾げる。何をわかっていないと翡翠は言うのだろう。
「仕方あるまい、緑の主。その狐、資格を持っておるしな」
翡翠は嫌そうに銀王を見た。銀王は面白そうに笑って、舌で口のまわりをぺろりとなめた。
「放っておいても現れるってことか?」
「そうだな、そのくらいの根性はありそうだ。主に噛みつくぐらいだからな」
ますます渋い顔で、翡翠は泉の抱く狐を見た。
「泉、連れて帰る責任はとれるのか?その覚悟はあるのか?」
酷く真剣な声音で翡翠に問われ、泉は腕の中で震える狐を見つめた。野生の動物を飼うことになるからか、それとも命に対する責任か。
だが、ここに置いて行ったら遠からず、人に見つかって捕まってしまうかもしれない。
それなら、宮の周りの森の方が安全だ。
ここまで関わってしまった以上、泉には見捨てることはできなかった。腕の中の温もりを命の重さを失ってはならない。
「はい」
神妙に泉は返事をする。その神妙さに翡翠は苦い顔でわかったと告げた。
泉に近寄るとその体を抱き上げる。狐ごと抱えあげられ、泉は慌てて翡翠の首に片腕を絡め、残る手で狐を強く胸に抱き寄せる。
ふわりと身体が浮き上がり、翡翠は空を駆ける。そのあとに銀王が続いた。
こうして、狐は宮の住人になった。
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