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空の月を恋う

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意識は急速に上昇した。
瞳を開けて何度か瞬くと、見慣れない白い天井が目に入った。ボタン型の蛍光灯も見えるが、まったく見覚えのない風景に、思考が混乱する。
「ここどこ?」
身体を起こそうと腹筋に力を入れて、あまりの痛みに、呻き声をあげて頭が元の位置に戻った。身体がシーツに沈み、ベッドに寝かされていることだけを認識した。
俺どうしたんだっけ?
あの人がいちゃもんつけられていて、それで、ああ――殴られたんだ。
ゆっくり首を巡らしてみると、広い部屋だった。寝ているベッドはやたらと大きく、片側の壁一面はクローゼットで、目線の横にはナイトテーブルが置かれている。カーテンもベッドカバーも黒とも見まごう濃紺で纏められ、床はダークブラウンで、落ちついた印象の部屋だ。だが、自分以外に人影はない。
ホント、ここどこだろう。
部屋の唯一の入り口であるドアを見つめたら、その扉が外側にゆっくり開いた。
「なんだ、目が覚めたのか」
部屋の中を見た男が冷めた声でそう言った。つかつかと部屋の中に入ってくる。
「え?」
入ってきた人を見て、広夢の目が丸くなる。
「あんなとこに飛び出してくるなんて、バカじゃないのか」
ベッドサイドに歩み寄りながら、広夢の思い人は身も蓋もないセリフを吐いた。
「おせっかい?それとも死にたいのか?」
灰褐色の瞳は広夢を睨んで、怖いくらいだ。怒られているような気さえして、広夢は瞳を見開く。頬に痛みが走り、手で押さえた。ガーゼの感触に驚く。
「これ、あなたが?」
「他に誰がいるんだ?」
平坦な冷たい言葉は、広夢をバカにしているようにすら聞こえた。
これが彼?ずっと話をしたいと思っていた男……。
想像とかけ離れた冷やかさに、呆然と相手を見つめていた広夢は、はたと我に返る。そういえば、手当てをしてもらった礼さえしていなかった。だから怒っているんだ。面倒掛けられてイラついているのだろう。
「ありがとうございます。なんかかえって迷惑をかけてしまったみたいで……」
だが、広夢の感謝の言葉は男を素通りした。彼の表情は全く変わりがない。まるで広夢の言葉など聞いていないようだ。
男は広夢の近くに寄ると腕を伸ばし、無造作に広夢に掛けていた布団を剥いだ。驚きのあまり広夢はそのまま男を凝視する。男は再度手を伸ばし、ズボンの裾から出てしまっているシャツを掴むと一気に胸元までたくし上げた。腹から胸にかけての肌が顕わになって、ひんやりとした部屋の空気に晒された。
「え??ちょ……なに……」
いきなりな行動について行けずに目を白黒させ、広夢に覆いかぶさろうとしている男を見上げる。読めない行動に恐怖が湧き、広夢の瞳に怯えの光が走った。
男は広夢の胸から腹にかけて視線を這わす。視線が肌を舐めるようで、広夢は身体を固くした。
「ああ、痣になっているな。しばらく痛むぞ、これは」
「痛っ」
ひやりとした手で鳩尾を軽く押され、痛みで息が止まった。
「内臓に損傷はないと思うが、気分はどうだ?吐き気はあるか?」
広夢は頭を横に振った。身体が緊張に硬くなり、小刻みに震えた。
「そうか。なら、大丈夫だろう」
触ってきたのと同様、唐突に手を身体から離して、男は身体を起こした。男の目を縋るように追う。一体全体、何がなんだかわからない。聞きたいことは多々あったが、思考が混乱して何から言っていいかわからず、結局、一番簡単なことを口にした。
「ここ、どこですか?」
「俺の家」
即答された言葉に広夢は目を剥いた。なんで、この人のうちにいて、ベッドで寝てるのだろう。
「憶えてないのか?殴られただろう?」
それは覚えているが、殴られたからってどうしてこの人の家に?
記憶が頭を駆け抜けた。最初にこの人に殴り倒された奴が起きあがり、拳を握ったまま彼の左横へと突進するのが見えた。その間に割り込むように身体を入れ、彼を守るために両腕をひろげ、鳩尾を殴られたところで記憶はぷつりと途切れている。
「気を失ったんですか、俺?」
そこで、はっとする。まだ、仕事中だったはずで、店のゴミ捨ての途中だった。やばいと身を起して、痛みに手で腹を抱えてうずくまる。
「だから、痣になっているっていってるだろうが。人の話を聞け」
「で……でも……」
息も絶え絶えに口を挟む。
「でももへったくれもない。寝てろ。明日の朝まではベッドを貸してやる」
「店に戻らないと」
ベッドを貸してやるとは凄いことを聞いた気がするが、それより、店長の前川をはじめ、河野も心配しているだろう。着替えも荷物も置きっぱなしで消えてしまったのだから。
「連絡済みだ。心配するな。俺の諍いに巻き込まれたのは事実だからな。原因はお前の無謀さにあると思うが」
男の言葉に、いちいち刺がある気がするのは被害妄想だろうか。腹に手をあてたまま、ベッドの脇に立つ男を広夢は恨めしげに見上げた。睨んでいる男の視線と広夢のそれが交差する。目線をそらさずに必死に見つめてみたが、そのきつい表情に怯えを感じながらも、やはりきれいだと広夢は男に見惚れる。その場違いな思いがばれたのか、鬱陶しそうに前髪をかきあげて、くるりと男は広夢に背を向けた。
「とにかく、寝てろ。水はテーブルの上だ。トイレは部屋を出て左の扉」
「あの……まって」
言うことだけ言って、踵を返した男は、広夢が声をかけると足を止めて、顔だけ振り返った。面倒くさそうな仕草に心が萎えかける。迷惑そうなのを隠しもしない態度に腹の底が冷えた。それでも、勇気を振り絞る。
「名前。あなたの名前は?」
なんだ、そんなことかという顔で見つめられた。
「若槻だ。若槻黎二」
それだけ言うと黎二は部屋から出て行った。
ドアがバタンと閉まるのを見送って、広夢はベッドに身体を沈めた。腕も投げ出すとシーツの冷たさが伝わってきた。
何やってんだろう、俺。
黎二がバカじゃないかと言った言葉が胸に刺さっていた。それでも、あの人が危害を加えられそうなのを黙って見ていられなかった。彼が傷つくなんて嫌だと、守らなければと思ったのだ。
だが、現実はどうだ。助けられたのは自分で、世話掛けて。黎二の言葉から感じるのは、怒りと呆れだけ。
嫌われてるんだろうなと広夢は思う。行きつけの店で告白するような馬鹿を助ける羽目になってイラついているのかもしれない。
「若槻黎二」
名前を口の中で呟く。ずっと知りたかった男の名前。
「黎二さん」
もう一度、口の中で彼の名を呟いた。はじめて会った時から、知りたくても手に入れられなかった彼の名前。あれほど焦がれた果てに知った名前は口に苦い。
見ているだけでいいと思いきったつもりだったのに、嫌われていることを突きつけられた現実は、重く、痛かった。
腕で瞳を覆い、広夢は目を閉じた。目尻から一筋涙が流れてシーツに染みた。

傷の痛みと胸の痛み、どちらがより辛かっただろうか。
浅い眠りと覚醒を繰り返し、長い夜が明けた。眠ればあの冷やかな言葉と視線を夢に見て、目覚めれば真っ暗な部屋に一人。心細くなりまた瞳を閉じる。それを延々と繰り返した。
カーテン越しに日の光がさす頃、広夢は部屋の外に物音を感じて、身体を起こした。よく眠れなかったわりには、ましにはなっていたが、身動きすると鳩尾の奥が引き攣れたように痛んだ。手で痛む箇所を押さえながら、ベッドから足を冷たいフローリングに下ろす。裸足だった。
つきそうになるため息をぐっと飲み込んで、自分を見下ろす。
店の制服であるシャツとズボンだけで、ベストとネクタイはしていない。シャツをズボンに入れ、できるだけ身支度を整える。部屋を横切って、扉を開けると廊下が伸びていた。左の奥に玄関が、右には扉が見えた。こちらだろうとあたりをつけ、その扉を開く。
朝の明るい光が部屋に満ちていて、広夢は何度も目を瞬いた。二十畳ほどのリビングが目の前に広がっていた。左奥に同じ広さのダイニングとキッチンが続く部屋だ。フローリングはこちらもダークブラウンで、右手のリビングに黒い革のソファセットとテレビ、それにサイドボードが配置され、左奥のダイニングには六人がけのテーブルが見えた。
朝日が眩しくて顔は見えなかったが、窓に背を向けたソファには黎二が座って、新聞を広げていた。ゆったり背もたれに身体を預け、足を組んで新聞を読んでいる。
「おはようございます」
入り口で、広夢はぺこりと頭を下げる。
ばさりと新聞を折りたたむ音がして、頭をあげると黎二がこちらを見ていた。逆光で表情は見えない。
「昨夜はありがとうございました。ベッド占領してしまってすみません……」
「元気そうにみえるが、気分は?」
「大丈夫です」
きっぱりと答える。もう、これ以上、世話をかけるわけにいかない。動ける以上、一刻も早くここを立ち去りたかった。
「こっちへ」
促される声で、黎二の側に近づいた。光が視界から外れて、黎二がよく見える。黒い髪に朝日が反射して、白く光る。灰褐色の瞳も色を薄くして、ますます日本人離れして見えた。
黎二の前に立つと、彼が立ち上がり、目線がひどく高いところに上がった。たぶん百八十センチを超えているだろう。腕が伸びてきて、顎を掴まれ、くいっと持ちあげられる。顔が近付いて、鼓動が跳ね上がった。視線を逸らすと、頬のガーゼの上を指で辿られた。
「痛い」
「だろうな。腫れてる。口開けて」
状況も命令される意味も理解できないのに、この低く甘い声で告げられると逆らえない気がするから怖い。おずおずと口を開けると中を覗きこまれ、顔が恥かしさで熱くなる。
「切れているな。しばらく熱いものは食べられないだろう」
ぱっと手を離されて、一歩後ろに下がろうとすると、シャツを掴まれた。
「何を……」
また、シャツの裾を引きずり出され、持ち上げられて、広夢はとっさに腕でそれを押さえた。
「どうした?傷を見るだけだ」
呆れた声音に頬がかっと熱くなった。黎二に触れられているだけでも、声を聞くだけでも走りだす鼓動を持て余しているのに、平静でなんていられない。
シャツの裾を押さえたままで、広夢は俯く。顔が熱くて、どうにかなってしまいそうだ。
「手を離せ」
「もういいです。大丈夫ですから」
「それを決めるのはお前じゃない」
あっという間に乱暴に服をたくし上げられた。シャツを押さた広夢の手から力が抜け、服の裾はするりと指を残して行く。
腰をかがめて、広夢の鳩尾をみつめる黎二に視線を向けられず、ギュッと目を瞑った。黎二の指が肋骨の下をゆっくりと這う。冷たい指先に肌の表面が粟立ち、腰の奥が甘く痺れた。痛みとそれ以外の原始の感覚に眩暈がする。
「痛み止め出しとくか」
傷を見ながら、ぶつぶつ呟く言葉も広夢の耳は素通りし、身体が小刻みに震えてくる。
黎二は身体を起こして、手を離す。はらりとシャツが元の位置に戻り、広夢の白い肌が隠れた。
瞳は開けられずに、身体の震えはひどくなる。
「震えているのか?」
肩に手の重さを感じて、広夢は思い切り首を横に振った。なんだかとてもみじめだ。
「ああ。そうだったな」
言葉にからかう響きを感じて、広夢は瞳を開けた。手のひらで顎を掬われ、息が止まる。瞳の前に黎二の双眸が見えた。
「は……はなして……」
囁くのが精いっぱいだった。息がうまく吸えない。喉の奥で声が絡む。
「こういうことして欲しかったんじゃないのか」
違う。そう言いたいのに、声が出ない。身体が硬くなり、震えがひどくなる。彼は自分を欲しているわけじゃない。言葉の中にも自分の欲しい甘さは入ってない。
「して欲しいことを言ってみろよ」
冷たいセリフを甘い声音で囁かれる。息が唇に触れ、夢は身体を後ろに下げようとする。掴まれた顎に力が加わり、痛みを訴えた。
「は……はな……」
反対側の手で腰を攫われて、ぐっと抱き締められた。身体が密着して鼓動が跳ね上がる。
「それが望みか」
縫いとめられたように逸らせない視線の先で、黎二の瞳が細められた。
これだけくっついていれば、早い鼓動も熱くなっている身体もばれているだろう。だが、広夢の望みは抱かれることではない。
望み。それは想いが届くこと……。
頭の中で答えが回るが声にできず、ただ、揺れる瞳で彼の双眸を見ることしかできなかった。
黎二の顔がさらに近付いて、唇が重なった。舌で唇を辿られ開くように促される。胸が苦しくて、どうしていいかわからなくて、喘ぐとするりと舌が入ってきた。舌先で舌を舐められ、ぐっと口づけが深くなる。
「んっ……っふ……」
口の中を舌が蠢く。切れた傷も舐められて、身体が跳ねた。
「……つっ……」
身体は離されない。さらに強く腰を抱かれて、舌の裏まで辿られて、広夢の息が上がる。身体の傷が残らず痛みだし、ばらばらになりそうな感覚と甘く疼くような感覚に広夢は溺れた。指先に触れた黎二のシャツの胸元を無意識に握りしめた。
「……んっ……はぁっ……」
ゆっくり離された唇に広夢は吐息を洩らす。足に力が入らず、縋るように黎二のシャツを掴み続けた。腰に回された腕が離れると崩れ落ちそうになる。
「おっと……」
右腕を掴まれて引きずりあげられた。足を踏ん張るがやはり力が入らない。
「満足した?」
見上げた先では、口端を僅かにあげた黎二の顔が見える。冷笑とはこういうことをいうんだと広夢は霧のかかる頭で思った。
「ち……違う」
必死に声を振り絞る。膝を折ると、黎二が掴んだ腕から徐々に力を抜く。広夢は床にへたり込み、床についた両手を見つめて握りしめる。
「違う」
何を言葉にしていいかわからなくて、広夢は首を横に振った。
しばらく、そんな広夢を見下ろしていた黎二は興味を失ったように踵を返した。視界にあった彼の足が踵を向けて、そして消えて行く。
悔しい。自分の心が伝えられない。どう言ったらわかってもらえるだろう。もちろん、キスもしたいし、触れあいたいけど、それは想いがあってこそだ。まだ、俺の告白への答えも聞いてないのに……。
広夢はどんと床を拳で殴った。
「床を壊すな」
うずくまった頭上から声が聞こえ、白い袋を差し出された。
「痛み止めだ。一日三回、食後に服用しろ。三日分出しとくから、これ飲んでも痛みが止まらないときと三日経っても痛みが治まらないときは病院に行け」
「なんなんだよ」
差しだされた袋に手も伸ばせず、広夢は俯いたまま絞り出すような声を出した。
「なんなんだ。あんた、なんなんだよ」
顔を振り仰ぐと白い封筒が目の前にひらりと落ちてくる。
「医者だ」
広夢は大きな瞳をさらに見開いて自分を冷たく見下ろす男の瞳を呆然と見た。

ごろりとベッドに横になって、広夢は自室の天井を見上げた。
いつもの見慣れた天井の染みにほっとする。やっぱり、狭くても自分のうちは落ち着く。
四十平米ほどの二DKの部屋は広夢の城だった。さっきまでいた百平米を超すような部屋と比べればささいな城だが、広夢にとっては唯一の自分の守りのように感じた。
医者って儲かるんだなとどうでもいいことを考え、比べる方がどうかしていると思いなおす。それより、仕事が休みの日で良かった。
立っていても寝ていても動くと痛む腹に手を当てる。これで立ち仕事をしていたら辛かっただろうと思う。言われた通りに薬は飲んだが、効いているんだかどうだかよくわからない。
今日はもう何もしたくない。
両腕もベッドに投げ出して、広夢は大きく息を吐いた。
「痛いな」
息をしても傷は痛む。そのせいか食欲もない。いや、食欲ないのは、あの人のせいかも。
「知っていることが増えたのにな」
呟くと、自分の言葉に傷ついた。
あんなに知りたかった名前がわかって、その上、住んでいるところも職業まで知ったのに、あの人との距離がちっとも近づいた気がしないのはなんでだろう。
キスまでしたのに……。
唇の感触を思い出して、頬に熱が上がる。口の中の傷を舐めた舌まで思い出して、ますます、広夢は動悸が激しくなるのを感じた。
なんで、キスなんてしたんだろう。
痛くて甘いキスだった。自分の身体に腕をまわして身体を縮めた。かすかに震える身体を腕で抱き締める。
なんで……。
理由はわからない。だが、好意でされたわけでないことだけはわかっていた。
何度もバカだと言われたし。
怪我を手当てしてくれたかと思えば、冷たく罵られ、優しいのか意地悪なのかわからなくて、心も傷つきっぱなしだ。
ここへ帰ってくる時もそうだった。
俺のことを考えたわけじゃないんだよな……。
つい、溜息をついて先ほどの黎二の部屋からの帰り際を思い出した。

ダークブラウンのフローリングに落ちた薬の入った白い封筒に手を伸ばし、それを拾い上げると広夢はよろよろと立ちあがった。痛みもさることながら、もう気力が持たない。
相手の言動が全く理解できず、身体は言うことをきかない。もう帰って寝ようと扉に向かって歩き出す。
「どこへ行く?」
「帰ります」
背中に冷たく投げかけられた言葉に、機械的に返事を返す。
「送っていくから、少し待て」
広夢は振り返って、黎二を見た。
「いいです。自分で帰れます。そこまでひどくないし」
痛みで足もとが若干おぼつかないが、歩けないわけでもない。それにもう、気持ちの方が混乱して、一時も早くうちに帰りたかった。
「送っていくって言ってる。途中で倒れられたら面倒だ」
歩き出そうとすると腕を掴まれた。
「離してください」
「上着とネクタイは寝室だ。とってきてここで待ってろ」
命令口調にカチンときて振り仰いだ彼の冷たく見下ろす瞳は、全く笑んでいない。
怒っている?なんで?
「そこまで迷惑をかけられない……」
俺が怒るならわかるけど、なんで相手が怒っているのかわからず、それでもやんわり断りを入れてしまうのは、空気を読むことを生業としてる職業病かもしれない。
「まったくだ。そう思うなら、これ以上の面倒を引き起こすな」
だから、一人で帰ると言いたかったのだが、それはあっけなく却下された。彼としては俺が途中で倒れたりする方が困るらしい。ここで黎二に刃向かう元気は広夢にはなかった。しかたなく、寝室に戻ってベッドの足もとにたたまれていたベストとネクタイを身に付けた。身支度を整え、廊下に出るとすでに、玄関で黎二は広夢を待っていた。
「こっちだ」
呼ばれて慌てて玄関に行き、靴を履く。
玄関を出て、数メートルのところにあるエレベーターに乗り込む。地下の駐車場で乗れと言われた車はベンツだ。助手席に座ると住所を訊かれた。
「なんだ。近いな」
ナビに住所を入れこむと黎二はサイドブレーキをはずして、車を発進させる。
地下駐車場から出て広夢は驚いた。
黎二の住むマンションは店のすぐそば、路地から見えた大通り沿いだったのだ。
だから、あんなところを歩いていたんだ。
駅から離れるあんな道を歩いていたことに合点がいく。店からここへの最短のルートはあの道しかない。
マンションを左にでて、十分も走ると広夢の住む場所についた。電車が終わってしまう時間に閉店するため、自転車で通える場所に広夢は部屋を借りていた。
「あ、ここで。ありがとうございました」
シートベルトをはずして、運転席の黎二を見て広夢はぺこりと頭を下げる。
「今日、仕事は?」
前を向いたまま黎二が訊く。
「あ、えっと、定休日なんで休みです」
「ならいい。安静にしとけよ」
広夢を見もせずに平坦に告げられた言葉に、広夢は「はい」と答え、助手席の扉を開けると車から降りた。ここで初めて黎二は降りる広夢へ視線を走らせた。広夢はドアを閉め、窓越しに視線のあった黎二に頭を下げる。何も言わずに黎二は前を向き、車はウインカーを右に出すとすうっと動いてそのまま走り去った。広夢はそれを黙って見送った。

優しいわけじゃないんだよな。
最後の言葉も思いやりとか心配とかそんな要素は欠片も含まれていない言葉だった。
医者からの忠告というか、命令というか、機械的で心のこもらない言葉。言い方も声も冷たい。
迷惑掛けたのは事実だけど、もう少し言い方ってもんがあるんじゃないかと広夢は思う。
だけど手当てしてくれたのも事実だ。
わけがわからない。あんなにわからないことだらけの人は初めてだ。
バーテンとして三年、その前も居酒屋で接客担当だった広夢は相手を察するのはわりと得意だと思っている。何を考えているかはわからなくても構って欲しいとか、ほっといて欲しいとか、要求がありそうだとかそのくらいはさすがにわかる。
だが、黎二はまったく読めない。心の動きも怒っているかさえ。
店でウイスキーを飲む彼は、静かで大人で、そして寂しそうだった。自分がそれを埋めてあげられればいいのにと思っていた。ずっと側にいて、俺が支えになれればと。
「違ったんだよな」
初めて会話をした黎二は寂しそうでもなんでもなかった。終始迷惑そうで……。
「医者の使命感だけだったんだ」
自分を構ったのはそれが理由だと広夢は結論つける。怪我人をほっとけない。途中で倒れられたら困るとはそういうことだと。
だけど――。
あの冷たい瞳を思い出した。それなのに怒りも嫌悪も湧いてこない。
黎二さんが、好きだと思う気持ちが些かも損なわれていないことに広夢は驚く。冷たくても意地悪でも彼と少しでも接点ができたことを喜んでいる自分がいる。報われないことは最初っからわかっている。だからかもしれない。
「やっぱり、俺ってバカかも」
何度も黎二に言われたことだが、あれだけ邪険にされてなお、好きだと思う自分は底なしに愚かだと広夢は思い、瞳を閉じた。
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