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遠回りの片恋

「遠回りの片恋」10

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ざわざわと騒がしい音で葵は瞳を開けた。赤いサイレン灯が夜空に閃き、多くの人が動き回る気配がする。
「気がついたか」
瞳を開けて何度か瞬くと目の前に片桐の顔があった。
「片桐さん……」
声を出すと片桐がほっとした表情(かお)をしたのがわかった。
これも夢かなと葵は思うが、喉がひりひりと痛んで、気を失う前の出来事がよみがえる。
いきなり襲われて、喉を締め上げられた。
葵は恐怖に身を震わせる。
地面に横たわっていることが認識され、葵は身体を起こそうとした。
「まだ、横になっていた方がいい」
片桐が葵の肩をやんわりと抑え、起き上がるのを止められた。
自分の置かれている状況がわからなくて、葵は自分の上にある片桐の顔から視線を巡らす。片桐は地面に座っているらしかった。そして、自分は片桐の膝に頭を載せて地面に横たわっていて、胸には片桐のジャケットが掛けられている。
嘘だろう。
頭の下から肩にかけて片桐の体温を感じる。
また、迷惑をかけた。
片桐の膝枕で地面に寝ている自分の状況を把握して葵はどうしていいかわからずに途方に暮れた顔をした。
「苦しくないか?痛いところは?」
しかし、そんな葵の心のうちも知らずに、片桐は心配そうな顔をさらに葵に近づけて尋ねる。
その問いに首を横に振って答え、
「水ありませんか」
と葵は逆に尋ねた。声が出たがひどく掠れた声になった。喉が痛い。
「ここに」
脇に置いていたらしいペットボトルを片桐は持ち上げて見せる。身体を起こそうとする葵の身体を腕で支えると口にペットボトルの口をつけて傾けた。
冷たい水が喉を滑り落ち、乾いた喉に染みわたる。その水が痛みすら洗い流していくようで、ごくごくと喉を鳴らして水をかなり飲み、葵はペットボトルから口を離した。
「もういいのか?」
それに頷くと背を支えていた腕をそっと下げ、葵はまた片桐の膝の上に横たえられた。
「一体、何が起きたんです?」
寝転がったまま片桐の顔を見つめ、葵は一番聞きたかったことを訊く。
「覚えてないのか?」
「男にのしかかられて首を絞められて、もう駄目だと思ったらそれが離れたとこまでは覚えてます」
喉が潤って、さっきよりましな声が出るようになり、葵はできるだけ簡潔に自分の覚えていることを話した。
「そのあとは、お前の上にいた男を俺がぶちのめして、警察呼んで、今は事情聴取中」
こちらも簡潔すぎる説明を片桐が返す。
確かにパトカーの赤いランプが夜空を照らしていた。
周りのざわめきも警察関係者のせいか。
「なんで、俺を?誰だったんです?」
「昼間にここの畑で見かけたおっさんだ。何故かは本人が錯乱していてよくわからん」
「気がつかれましたか?」
片桐の言葉が終わる前に、目の前に誰かが立ち、尋ねる。
葵は視線を片桐から声の主に向ける。警官の制服をきた人を従えたスーツ姿の人が見えた。大柄の身体に愛嬌のある顔が乗っている。
片桐さんと同じくらい大きいかな。
そんなことをぼんやりと葵は思う。
「警察の人だ」
頭上から片桐の説明が聞こえる。
「県警の桧榊(ひさかき)です。お話しを伺わせてもらえませんか?話せますか?」
葵は身体を起こす。肩を押さえた片桐の手をやんわりと拒絶して、地面に葵は座った。
「それとも先に病院へ行きます?」
そう言えば意識もなかったのになんで搬送されていないんだろうと葵は思う。
「村の医者の見立てでは命に別状はないとのことですが」
桧榊の説明でなるほどと思う。今日は祭りで、きっと酔っ払いや喧嘩のために医者も待機中だったに違いない。
「大丈夫です。話せます」
座ったまま葵は答える。
「っ痛……」
起き上がると後頭部に鈍い痛みが走り、葵は呻いて手で後頭部を押さえる。
「大丈夫か」
心配そうな声がして、押さえた後頭部に片桐の手が添えられた。
「すごいコブになっているな。殴られたのか?」
その言葉に頷き、「長めの木の棒で」と付け加える。
「頭痛以外に吐き気は?出血もないか?」
傷の具合を片桐は丹念に確かめる。
「吐き気はないかな。ちょっと目が回るけど、それは急に起き上がったせいだし」
「やっぱり病院に行った方がよさそうですね」
桧榊の声に葵は首を横に振った。
「話してから行きます」
「そうですか。それではこちらに」
促されて葵は片桐の手を借りて立ち上がった。いきなり立ちあがったせいか足もとがふらついた。
よろけた身体を片桐に抱きとめられる。
「俺も同席する」
片桐の言葉に葵は片桐を見る。
「一人で立てないくらいだからな」
「いいですよ。あなたにもまだ訊きたいことがあるし」
そう言って桧榊刑事は二人をパトカーに案内した。

葵は近隣の町の警察署で事の詳細を話した。
いきなり後ろから殴られたこと、首を絞められたことを。
「最初は、何をこそこそ探っているんだと言ってました」
葵の言葉を端に控えた警察官がメモを取る。
「村の若い人たちと話をしたのも気に入らなかったようです」
「夕方に青年団のテントににふらりとやってきて、あなたが誰か尋ねたようですよ」
桧榊(ひさかき)刑事の言葉に「ああ、それで」と思う。
きっと幽霊の件も青年団から聞いたに違いない。祭りに関係なくてもあのくらいの年代の人にはひどく不快な話だったのかもしれない。
「身体に乗られて、地面に押さえつけられて、殴られると思ったら、相手が動揺しだして。変なことを言ってましたね。お前はもう死んだんだとかなんとか。それで首をいきなり絞められました」
髪をかきあげて葵は髪を結んでいないことに気付いた。地面に倒れ込んだ時に髪ゴムが切れたことを思い出す。髪が肩に広がったのを見て、あの男は動揺したのではなかっただろうか。
「そのあと、片桐さんが助けてくれて、そこから先はわかりません」
うつむくと、横に座った片桐が心配気に葵の顔を覗き込む。
「大丈夫か、葵?」
それに頷きを葵は返した。
「わかりました。で、なぜ、あんな人のいない寂しいところへお一人で行かれたんです?」
桧榊刑事の言葉に葵は顔を上げた。
そうだ、そもそもなぜ、俺はあそこに行ったんだっけ?
「行かなきゃいけない気がして。誰かと待ち合わせてて……」
変な話だが、自分でもよくわからない。
「片桐さんとですか?」
その言葉に葵は片桐を見る。片桐が頷いた。
「ああ、そうです。片桐さんと待ち合わせしていました」
嘘ではないが本当でもない。片桐と待ち合わせはしていた。しかし、それは広場の中でだ。あんな村はずれではない。
「お二人の関係は?」
「友人ですよ。見えませんか?」
葵が答える前に片桐が返事をする。
知人と言われると思ったのに、友人と言われて葵はびっくりした顔をする。
友人まで格上げされていたとは知らなかった。
「そうですよね。一緒にご旅行にいらっしゃってるくらいだし」
桧榊刑事はそこで言葉を切って葵を見た。
一緒にってわけじゃないんだけどと葵は思うが話がややこしくなるので黙っていた。
「大変な目に会いましたね。もう結構です。また後日何かあったらお呼び立てするかもしれませんが。ここの隣が警察病院になってます。もう、手続きもしてあるので、診察を受けてきてくださって結構ですよ」
葵は片桐を見た。葵の記憶はここまでなので、この先を知りたい。片桐が事情をきかれるのなら立ち会いたかった。
「俺が連れて行きますよ。俺の話の後でね。と言ってもさっき、刑事さんにお話しした以上のことはありませんが」
刑事に見えないように片桐は葵の手を握った。大丈夫だ、安心しろと言うように。
「待ち合わせ場所にやってきたら、吉野さんが襲われていたところで、止めろと叫んで、突き飛ばしたんですね」
「そうです。男が馬乗りになって葵の首に手を掛けていた。無我夢中で突き飛ばして、もみ合いになりました。暴れるのを押さえこんで、警察に連絡しようにも誰も来ないし、男は暴れるし散々でしたよ」
片桐の言葉に確かに言い争う声が聞こえたことを思い出す。
「ずっと押さえているわけにもいかないので、相手の意識だけ奪いました」
その言葉に桧榊は片桐を見る。
「どうやって」
「当て身です」
あっさり答えた片桐に刑事が胡散臭そうな視線を投げる。
「合気道と空手を少しね」
葵は驚いて片桐を見る。運動している身体だとは思っていたが、武道だったとは。
「それで葵の様子を確認し、警察に通報しました。あとはご承知の通りですよ」
安心させるように葵に微笑み、片桐はそう話を締めくくった。
「それで、なぜあの男は葵を?」
メモをするペンが止まるのを待って、片桐はそう尋ねる。
「それが……。目は覚ましたんですがね、錯乱して暴れて手がつけられなくて。なので、今は何も」
困ったように手で頭をかいて桧榊刑事は答えた。
「そうですか。これで全部お話ししましたから、もう、私たちはいいですか」
「ええ。ご協力感謝します。吉野さん、これは完全に殺人未遂事件となりますし、あなたは被害者だ。今後あの男が起訴されますとまたいろいろご協力を仰ぐことになるとおもいますが、よろしくお願いします」
これは断れないことなのだろう。もう、かかわり合いになりたくないが、仕方がない。
葵は気乗りしない気分のまま頷いた。

警察病院の検査を終えて、宿に戻ってきたのはすでに深夜を回っていた。
検査の結果、脳内に出血は見られず、特に骨折などの症状もなかった。病院に泊って行けと言われたのだが、荷物は全て宿だし、一人で病室にいるのが絶対に嫌で問題ないなら帰りたいと主張し、戻ってきた。そのかわりに、医者には明日ももう一度、見せに来いと言われた。
帰り道も宿に着いてからも片桐は片時も葵から離れない。部屋に戻って葵が籐製の椅子に座るまで、ずっと肩を貸し、身体を支えていた。
はじめは恐縮していた葵だったが、断っても聞く耳を持たない片桐に根負けし、ありがたく甘えることにした。
座って椅子に身体を預けると葵は大きく息を吐き出した。緊張の連続で身体も心も強張っていた。
「ほら、お茶」
葵の前に片桐は湯呑を差し出した。葵はそれを受け取る。
熱い緑茶に息を吹きかけ、なんとか啜ると身体が熱くなって、人心地ついた。
今日は長い一日だったな。
湯呑を置いて、落ちてくる髪をかきあげる。掌に砂のようなじゃりじゃりとした感触を覚えた。髪を撫でつけるととくに後頭部が砂っぽい。
地面を転がったんだから当然か。
葵は溜息を一つつくと立ち上がった。
「どうした?」
目の前の籐製の椅子に座っていた片桐が突然立ち上がった葵を見上げて問う。
「風呂行ってきます」
自分の荷物の側に行き、準備を始めた葵の側に片桐も寄ってくる。彼も自分の荷物を開けている。
「俺も行くよ」
荷物を手際よく用意しながら片桐が言う。葵はその言葉に片桐を見た。
「夜中だし、一人より二人の方がいいだろう?」
とっさに断ろうとして、それでも拒絶の言葉は口からでなかった。一人でいるのが怖かった。殺されるようなことを自分はしたんだろうかと何度も自問するが当然のごとく答えは出ない。
「ありがとうございます」
片桐の問いに肯定の礼を述べ、ちいさく礼を言ってうなだれると、ぽんぽんと頭をかるく撫でられた。それに妙な安心感を覚えて、二人で並んで大浴場へと向う。
深夜の浴場には当然のことながら誰もいなかった。しんとした浴場に湯気が立ち込め、タイルを歩く音がひたひた響く。
葵は湯気で覆われた洗い場の一角にすわり、シャワーで身体を流し、頭を洗う。多めにつけたシャンプーをよく泡立てて、掌で丹念に髪に絡んでしまった砂を落とす。洗い過ぎで絡みつく髪にコンディショナーをなじませて、梳きながら洗い流すとやっと滑らかな髪の感触が戻ってきた。
ほっとして、今度はボディーソープを泡立て、身体を洗う。と、後ろに人の気配がし、葵ははっと振り返った。
「驚かしたか、ごめん。背中流そう」
泡だらけのスポンジを片手に片桐が葵の側に膝をついた。
「え?いえ。いいです、自分でできる……」
葵の答えは待たずに片桐が葵の背をスポンジでこすった。くすぐったいような気持ちのいいような感じが背中全体を覆う。肩に掛けられた手が熱く感じられて、葵は胸中複雑な思いを噛みしめた。
「こういうの学生時代のキャンプ以来だ」
なんだか楽しそうに片桐は葵の背を泡だらけにしていく。片桐の言葉に葵は驚いた顔を向けた。
「あれ、こういうことしなかったか?みんなで一列になってさ」
葵の驚いた顔に片桐は言葉を継ぐ。
「したことない」
確かに誰かおちゃらけてやっていたかもしれない。でも、すでにそのころから自分は他人と違うことを意識し始めていた葵には恥ずかしくて参加できなかった。
「そうか。俺の学校は悪ガキばっかり揃ってたからな」
けらけら笑って、片桐は葵から手を離し、スポンジを腕の下から差し出す。
「使うか?」
差し出されたスポンジを受け取って、身体を捻り片桐を見る。片桐はまた目を細めて葵を見つめていた。
葵は身動きができないまま、片桐を見返す。と、片桐の腕がすっと葵の方へ伸びて、掌で顎を掬われた。そのまま上を向かされる。
何をするんだと思ったが、片桐は葵の喉に視線を当て、辛そうに顔を歪めたのが視界の端に見えた。
石鹸の泡だらけの逆の手で片桐は葵の喉をざらりと撫でた。
びくりと葵の身体が震え、片桐は手を離した。
「痛かった?」
高まる鼓動を悟られないようにと祈りつつ葵は首を横に振った。
「なに?汚れてた?」
慌てて取り繕うようなセリフを口にする。片桐は首を横に振った。
「痛くなかったなら良かった」
もう葵を見ずに片桐は立ち上がり、自分用にと決めたシャワーの前に戻った。
葵は目を何度か瞬く。
なんだったんだと思い、鏡を見るが、泡だらけでなんだかよくわからない。とりあえず、貰ったスポンジで身体じゅうを洗うと葵はシャワーでそれを流し、再び鏡に喉をうつす。
ああ。そういうことか。
痛そうに片桐が顔を歪めた原因が喉にくっきりと青くついていた。絞められた指の跡が喉の真ん中に二つ並んでいる。ここに親指が当たっていたのだろう。
葵はそそくさと立ち上がると湯船へと向かい、そのまま身を沈めた。
大きくため息をつき、何も考えないように目を閉じる。力を抜いて身体をお湯に任せると疲れが湯に溶けて流れ出る気がする。こわばっていた肩や首が解れ、手足に血が巡る感じがした。
何もなかったし、今、俺は生きているんだから忘れろ。こんなことは全部忘れてしまうんだ。
何度も何度も自分に言いきかす。そう何度も何度も。恐怖が身体の奥底から湧いてきてもそれを意思の力でねじ伏せる。
どのくらいそうしていたのか、案外短い時間かもしれないし、かなりの長さだったのかもしれない。するりと唇に指が滑るのを感じ慌てて葵は目を開けた。
片桐の指が葵の唇を押していた。
「噛むな。切れてる」
噛みしめた唇から力を抜くと、片桐の指が下唇を辿った。その感触に背筋がぞくりとした。
「ほらな。血が出てる」
片桐の差し出した指には確かに血がついていた。唇を舌で辿ると確かに血の味がした。
「ちょっ…片桐さんっ!」
湯船に沈めるだろうと予測した葵の血のついた人指し指を片桐は自身の口へ運ぶとぺろりと舐める。
「え?なに?」
「血、舐めるなんて……」
呆然と呟く葵に指を眺めて片桐は困った顔をした。
「いけなかったか?」
「いけないだろう」
驚いた口調で詰め寄る葵に、片桐はくすりと笑った。
「いいよ。葵のだから」
一気に葵の頬に朱が上る。
何を言ってんだ、この人は。ありえないだろう、このセリフ。
どういう意味で片桐がそれを言ったかがわからず、葵はパニックになる。
片桐は薄く笑っただけで、どういう意味なのか答えなかった。
「やっぱり、でかい風呂はいいな」
代わりにそんなことを言って、片桐は身体を大きく湯船で伸ばした。
「足が伸ばせるとほっとする」
それを横目でにらんで、話題が変わったことにほっとする自分と、はぐらかされたことにイラつく自分がいることに葵は大きく息を吐く。
しばらくは無言で二人は風呂に浸かった。血液が身体の隅々まで行き渡るのを感じるかのように。
「なあ、訊いていいか」
ふいに片桐がそう切り出した。
「なに?」
顔も見ずに葵は返事をする。
「どうして、一人で村はずれに行ったんだ?」
片桐に顔を向けた。真剣な眼差しの片桐と葵の瞳がぶつかった。
「待ち合わせのテーブルで待ってた。屋台の間を行き来する葵を見ながら。でも一瞬の後にはお前の姿はなかった……」
淡々と事実だけを語る口調には葵を責める様子も咎める様子もなく、不思議なことを解明したいだけのように見えた。
「慌てて広場中を探して、入り口の係り員がお前が外へ歩いて行くのを見たって聞いて追いかけたんだ」
「俺……。ごめん」
葵は俯きお湯を眺める。心配させたんだろう片桐に葵は申し訳なさで一杯になる。
「謝って欲しいんじゃない、何があったか知りたいだけだ」
葵はその言葉に首を横に振った。
「ごめん……片桐さん。でも、何故だか自分でもわからない。急に行かなきゃいけない気がして、どこへ行かなければいけないかもわからないのに。気付いたら村はずれに立ってた」
片桐が納得しないことはわかっていた。でも、それでもそれが事実で。葵にも理由は全くわからないのだ。
「何かを見た?なんでもいい。おかしなものを?霧とか人とか……」
葵は片桐を見た。心配そうな瞳と出会う。
「やっ、やだな。片桐さん。怖がらせようとしてる?何も見てない。ああ、でも霧は出てたかも。村はずれに行く道は白く濁ってた」
「そうか。そうだな。夜になって気温が下がったからな」
片桐は霧が出ていたことを否定しなかった。そればかりか、葵の説明にもなっていない理由も追及しなかった。
「あー。だめだ。のぼせてきた。お先」
がばっと立ち上がって、片桐はざぶざぶお湯を蹴散らして湯船を出る。
「脱衣所で待ってるから」
顔だけ振り向いてそう言うと、広くたくましい背中を晒して、片桐は風呂場を後にした。
ぶくぶくと鼻から下までお湯につかって、葵はそれを見送る。
確かにずいぶん長いこと二人で浸かっていたと葵は思う。それにしたって、片桐の態度はちょっと急すぎる。葵は片桐の問いを再考した。
なんで俺、あそこに行ったんだ。片桐さんとの約束をほったらかしにしてまで。
お湯につかっているのにぶるりと背筋が寒くなり、葵も慌てて湯船から上がる。やっぱり、誰もいない浴場はちょっと怖い。
洗い場に置いておいたタオルを手に足早に葵は片桐を追った。
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