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奇跡の刻

代償

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軽やかな目覚ましの音で目が覚めて、起き上がった聖は見慣れない部屋の様子に茫然とした。
ここは、どこだ……?
高い天井、南側に大きな窓があり、カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいる。
窓と反対側の壁は全てクローゼットで部屋の真ん中にキングサイズのベッド。ベッドの脇に小さなベッドサイドテーブルがあるほかは何もない部屋だった。
どうして見知らぬ部屋にいるのか、聖は記憶を辿る。頭は急速に覚醒し、昨日の夜のことが一気に頭に甦った。
面白そうな神栖の瞳が一転、強く力のある輝きに変わって、その瞳に宿る強い光に気圧されて、つい見惚れた。その瞳がゆっくり自分に近づいてくるのを不思議な面持ちで聖は眺めていた。綺麗だとすら思った。
強い光が徐々に近づいて、視界一杯に広がっていく。それを見開いた双眸めでじっと見つめる。黒々とした瞳が自分を覆ってしまいそうだ。
そう思った途端、唇に柔らかく冷たい感触を覚えた。ついばまれるような柔らかく優しい感触。
思考が停止し、いったい何が起こっているのか認識できない。
唇に押し付けられた柔らかな感じは、考えるまでもなく神栖の唇のはずで、それでも聖の思考は停止し、全ての認識を拒絶していた。
聖はできうる限り瞳を見開く。そうすれば、この黒い瞳の真意が見えるとでもいうように。
焦点の合わない目で、神栖の瞳を探した。身体は硬直し、手からグラスが滑り落ちた。
キス……されたんだよな。
一夜あけて、光がさすベッドに座りながら、思い出した昨夜の出来事は現実だったのかと聖は指で唇をたどった。
それで、俺……。
唇に置いた指を頬に瞳に移動させた。泣いてしまったことを思いだす。
神栖にキスされて、聖は混乱した。なぜという言葉が頭を回り、ただ、涙が頬を伝い、思考は神栖の名前とキスされたことだけがぐるぐる廻って持ち主のいう事を聞かなかった。きっと他の誰かだったら殴りつけていただろう。
……神栖さん……。
身体で払えと言われたことを不意に思い出す。ベッドに座ったまま聖は両手で顔を覆った。
神栖さんだから……。だから、俺……。
誠意を示したかった。逃げたくなかった。なのに……。
心が悲鳴を上げた。
どうして怒鳴らなかったんだろう。怒鳴ればよかった。何をするんだと。
しかし、あの時、身体はこわばったように動かず、涙は止まらなかった。
拭おうと思っても、腕一つ、指一本動かなかった。
疑問と、どうにもまとまらない感情が激しく聖を動揺させ、泣きたいわけではないのに、涙は流れ続けた。
そこまで思い出して、聖は手のひらに俯けていた顔をあげた。記憶はそこでぷっつりと途切れている。泣いたバツの悪さ以上に聖は困惑した。
泣いてしまって、それで……、あのあとどうなったんだ?
自分を見下ろすと昨日の服を着たままで、綿のシャツにはしわが寄ってしまっている。何も変わったところはない。見知らぬ、多分神栖のベッドだろうが、所で朝になっていたというだけで。
かちゃりと音がし、扉が開く。神栖が顔を出した。ぎくりと聖の背がこわばった。
「ああ、起きたな。おはよう。頭痛はないか」
声を掛けながら、近寄ってくると神栖は腕を伸ばして、聖の額に手を乗せる。それすらも何が起きているかわからず、聖は身体を固くした。
「具合はよさそうだな」
「あの……おはようございます……だけど、俺……」
体調を心配される所以がわからず、聖は神栖に問いかけた。
「覚えてないのか。飲ませた俺も悪かったんだが、急に泣きだしたかと思ったら、そのまま眠ってしまったんだぞ」
額に手をあてたまま神栖は聖の顔を覗き込む。
「まったく、あのくらいの酒の量で寝るか、普通」
神栖はぶつぶつ附け足した。
「……すみません…」
全然、覚えてない。なんだかとても温かくて気持ちが良かったのが最後の記憶。
ひどく恥ずかしくて、聖はうつむき、掛布団をギュッと握った。
「まあ、いい。その服じゃ帰れないから、こっちに着替えろ。洗面所はそっちの扉から入れる。朝飯もできているから着替えたらリビングへ」
封もきっていない新品のワイシャツとスラックスを渡され、神栖はそう言いおくと部屋を出る。手に残された新品の服に聖は目を落とす。
神栖の言うとおり、しわくちゃの服では帰れない。聖はため息一つつくと、袋を破り、シャツに腕を通した。サイズはぴったりだった。
「神栖さんのじゃない……」
神栖のものならもっと大きいはずで、聖には袖や裾が余るだろう。それならいったい、これは誰のための服なのだろう。
そう思って胸の奥がざわめくのを覚えて、聖は困惑した。
他人のことなのだからどうでもいいじゃなか。それが、同性だっておかしくはない。神栖さんくらいの人なら、男でも女でもほっておかれるはずもなく、相手がいるのは当たり前だ。
そう思うのに、なぜか胸の奥に、小さな針か何かで刺されたような痛みを感じて、聖はシャツの胸元を握りしめた。ぐっと奥歯をかみしめると、胸を締めつけた痛みは霧散する。
聖はシャツから手を離し、頭を左右に軽く振った。
感情が波打つ妙な感覚に、聖は顔をしかめる。こんなことは今までに一度だって経験がない。いったいなぜ、こんなに神栖のことが気になるんだろう。
だが、考えても答えは何も浮かんでは来なかった。
シャツを羽織ったまま、思考に沈み込みこんでいく聖を、涼しげな電子音が我に返らせた。音の出どころを見上げると壁の時計は、すでに午前七時を指していた。
早くしないと神栖さんを待たせてしまう。
悩んでも仕方のないことに早々に疑問を放り出し、聖は身支度を整えた。

リビングの扉を開けると広い空間が朝の光に満ちていた。昨夜も思ったが、黒と茶と白でまとめられたインテリアは、ひどく洒落ていて、いかにも落ち着いた大人の男性の部屋という感じだ。だが、あまり生活感がない。ドラマに出てくる部屋のようだ。
「そっち」
光に目が慣れると、神栖が指し示したソファ前のガラステーブルには、焼きたてのパンとオムレツとサラダ、さらにいい香りのコーヒーが並んでいるのが見えた。
「これ、作ったんですか」
「ああ。作らなきゃ食べられないだろう」
料理もするんだ。
素直に聖は感嘆した。若くして成功した仕事の手腕に加えて、プライベートも、きちんしている。掃除の行き届いた部屋、さらに食事まで自分で用意し、独身の男性だというのに何をやらせてもパーフェクト。
すごいと聖は思う。知れば知るほど、神栖にはできないことなどないんだと思い知らされる。
「座れよ。冷める前に食べよう」
促されるまま席につき、聖も神栖にならって箸を手に取った。口に入れたオムレツは、とろりとやわらかく、素直においしいと思う。なのに、心は重く沈んでいく。
神栖に感嘆の想いを抱くほど、住む世界が違うことを痛感する。聖は神栖を見られずにただ、料理を睨み付けて、黙々と箸を動かした。
何の因果か一緒にいるけど、もう、関わることもない。これで本当に終わりだ。神栖にとって聖は大勢の中の一人で、取るに足らない。
そう思うと胃が絞られる気がして、手にした箸が重く感じられた。
食事の間中、黙って神栖が、思案するように聖を見つめていたことにも気づかず、目の前の皿を空にした聖は、珈琲カップに手を伸ばした。
「バイトの時給はどのくらいなんだ」
唐突に神栖が発した声にカップを手にしたまま、聖は顔をあげた。
何を言われたのか一瞬わからずに聖はかなり面食らい、意味をとらえようと神栖の顔をまじまじと見つめた。神栖の表情はいたって真面目で、質問されたんだと気付く。
「いろいろですが、平均千五百円くらいだと思いますが……」
「ふうん。じゃあ、俺は、三千円だそう。それで二十四時間だ」
「何の話です?」
全く聖には話が見えない。
「昨日、ちゃんと聖の拘束時間を決めてなかったからな。俺が聖の二十四時間を買おう。寝ている時間は入らないから、あと二十三時間。きっちり働いて返してもらうから、そのつもりで」
弁償の話のことだと気づいて聖は身構えた。
二十三時間ってその間、ここにいてあの続きを……。
考えがそこに及んで真っ赤になり、それから真っ青になった。神栖が提案した「身体で払え」は言葉通りの意味だったのだから。
まさか、神栖がゲイだとは思いもよらなかったし、ましてや、自分がその対象にされることなど考えもしなかった。だが、現実には神栖にキスされてしまった。
さらに、それ以上を求められている……?
いつの間にか名前で呼ばれていることにも気付かないくらい、聖は動転していた。
どうしてこんなことになったんだろう。
珈琲カップを落とさないように両手で握りしめて、聖は困り切った顔で、神栖を見上げた。
「というわけで」
神栖は聖の反応を嬉しそうに眺めている。その表情が悪戯が成功した子供のようでもあり、まだ、なにか企んでいるようでもあり、聖は背を冷たい汗が流れ落ちるのを覚えた。
さらに言葉を継ごうとしたのだろう神栖が口を開くが同時に、リーンゴーンと部屋のチャイムが軽やかな音をたてた。
聖の背がビクリと揺れる。
すっと神栖が、立ち上がり、リビングに設置してあるインターフォンで、訪問者を確認した。
ロックを解除するカチリという音が天井に反響した。しばらくして、リビングの扉が開く。
「輝、おはよう……」
入ってきたのは吉井だった。
挨拶を口にすると同時にリビングのローテーブルの前に座る聖の存在に気づき、その場に立ち尽くすと言葉を無くした。
「武流、おはよう」
対する神栖はやたらと機嫌がいい。
何があったかなど聞かなくてもわかる。それにしても……。
「珍しいな」
吉井がつぶやいた言葉に、何がという表情で神栖が問う。
吉井は神栖がバイだってことを知っている。しょっちゅう、相手が変わっているらしいことも聞いたことはないが知っていた。
しかし、この部屋は神栖の自宅で、この部屋に通された相手は武流が知る限りいないんじゃないかと思う。
仕事の都合上ここに来ることは多々あったが誰とも会ったことはなかったし、神栖が語ったところでは、大抵はホテルに部屋をとったり、相手の部屋とかに行っているらしい。
昔、飲んだ時に聞いた話では、別れたあと部屋に押し掛けられたりしたくないからだと冗談みたいに言っていたが。
ぐるぐるした思考を振り切って、吉井は視線を神栖に向けた。
まあ、俺には関係ないことだ。
さっさと思考を仕事に切り替える。あまりに驚いて、ここに来た目的を忘れるところだった。
「時間だ、輝」
かなりそっけなく、吉井は告げた。お遊びの時間は終わりだと言外に含ませる。
「ああ、そうだな。聖、お前も来い。武流、こっちは、高郡聖だ。聖、これは、うちの副社長の吉井武流」
「はじめまして」
吉井に手を差し出して聖は握手をした。吉井もすらりと背が高く、黒髪を短く切りそろえ、若きビジネスマンといった風情だ。細面のせいか、かなり冷たい印象を受けた。
「前にも一度会っているよね」
吉井に問われて、そう言えばと思い、聖は頷いた。あのときはミラー越しだったが。
「そうですね。先日はご挨拶もせず失礼しました」
聖の挨拶に吉井は、おや?と思った。輝に誑し込まれたにしては、しっかりした青年だと思ったのだ。
「こちらこそ。急いでいたからね、状況も飲み込めなかったし」
今のこの状況もね。
そう思いながら吉井は外出の仕度をしに神栖が向かった隣室に視線を流す。
それに気づいたのかどうか、仕度を終えた神栖が鞄を抱えて出てきた。
昨日から神栖に振り回されっぱなしで、その言動についていけない聖は、いまだに訳の分からないまま神栖に付き合うはめになっている。そして、吉井も訝しげな顔で後に続いた。
マンションの前に待っていた車に乗り込み、吉井が運転席につくと車は滑るように走り出した。

特に会話もないまま連れてこられたのは、オフィス街の立派なビルの十五階だった。
入り口に、「創生テクノロジー株式会社」の名が掲げられていた。
神栖の会社だ。
聖は珍しげにあたりを見渡しながら廊下を歩く。ワンフロア全部が会社のオフィスのようで、通り過ぎた四つほどの扉には部署名が記されていた。
一番奥の扉に通される。
入った部屋は、シンプルな作りで、こじんまりとしたオフィスという雰囲気だ。小さめの部屋に事務机が壁際に沿って四つほど並び、奥にはまた扉が見える。コーナーには、コピー機、ファックス、プリンターとオフィスらしい設備が並んでいる。機能的だが、無機質な感じがした。
吉井と聖を引きつれて部屋に入るなり、神栖は吉井に向き直った。
「秘書の補充は、再来週の月曜だったな」
「そうだが……。まさか……」
「そのまさかだ。武流、褒めろ、それまでの人手だ。来週一週間、バイトに聖を雇った」
かなり得意げに神栖は宣言する。
「はあ?!」
「え?!」
吉井と聖の声が交叉する。二人の驚きに神栖は、してやったりという顔だ。
「優秀さは保障する。なにせ、俺たちの後輩だ」
神栖のセリフに、吉井は聖を見た。
「東都大?経済学部?」
「はい。そうです」
聖は質問に答える。状況には相変わらずまったくついていけない。しかし、話の流れから、ここで働くということだけを理解する。
二十四時間を買うとか言ってたし。
「輝、ちょっと」
吉井は神栖を睨むように見て名を呼ぶ。
「ああ。聖、ちょっとここで待ってろ」
名を呼ばれた神栖は聖にそう言い置いて、頷いた聖を確認すると、先行した吉井を追って奥の扉の向こうへと消えた。

「どういうつもりなんだ」
吉井の目が完全に怒りモードに突入しているのを見て、神栖は後ずさる。
「雑用の人手足りないんだろう。いいじゃないか。学生だから、八時間フルにってわけにはいかないが、一日、三から四時間ほど来てもらえば、助かるだろう」
神栖は全く悪びれない。
「公私混同するなって言っているんだけどな」
「してない」
「してるだろう」
吉井の言葉に神栖は苦笑いした。
「本当にしていない。ただの知り合いで、ついでに金に困ってる」
してないというところに二重の意味がこもっていることに、吉井は気づいた。
泊っておきながら神栖の手を逃れるとは、それはある意味すごい子かもしれない。
「今後もないんだな」
吉井は慎重だ。従業員と社長のロマンスなんてことは御免被りたい。ほかの社員に示しがつかない上に、今後の会社の信用問題にもなり兼ねない。
「雇用関係のある間は、雇用主と従業員だ」
神栖が右手をあげて宣言する。
吉井は溜息をついた。こういうときの神栖は絶対嘘はつかない男だ。約束したことも守るだろう。何を考えているかはとにかく不明だが、優秀な人手は喉から手が出るほど欲しい。それも短期バイトなら願ってもない。
「わかった。お前を信じる」
吉井は結局、自分は神栖には甘いことを自覚しながら了承した。

一方、聖は一人慣れない部屋に残されて二人を待つ間、あまりに急展開すぎてついていけないこの状況を頭の中で整理することにした。
時給三千円でと神栖は言った。きっちり働いて返せと。
それは、ここでバイトして返せって意味でいいんだよな。
それは願ってもないことだと聖は思った。自分にとってもとてもいい経験になるだろう。
ということは、「身体で返せ、云々」はやっぱり冗談だったんだ。
聖はかなりほっとしていた。冷静になってみても、何故あのときキスをされた自分が怒るのではなく、泣いていたのかよくわからない。
あの時は哀しかったんだ……。
なんで哀しかったのだろう。その問いかけには答えは返らない。だが、神栖のために働くというのはいいような気がする。
もともとが神栖のシャツを弁償するはずだった。役に立ったら少しは喜んでもらえるかもしれない。
頭の中で一人呟く。
聖はあまり他人ひとと付き合っていくことが苦手だ。友人はいるが、それも通りいっぺんで、あまり深く付き合っている人はいない。
いままでずっとそれでやってきた。困ったこともない。
だが、いまは神栖の役に立てるといいと本気で聖はそう思っていた。
他人ひとに対してそんな風に思うことも、ここまで相手に付き合うことも聖にしたらありえないことであるのに、今回、本人が全くそれに気づかない。
神栖を無視できない時点でおかしいと自覚しなければいけなかったのに。過去に付き合ってきた誰もがここまで自分の心を動かしたことがないということに気づかなければいけなかったのに、聖は自身のことは何一つわからないままだ。
二十三時間って言ってたか。
時給から換算して、それでシャツの価格と釣り合うと思う。
補充員が来るまでの一週間との言葉も思い出す。
神栖さんが喜んでくれるといい。
たった一週間でも頑張ろう。
どんな仕事でも構わない。神栖の役に立てて、それが神栖への償いになるのなら。
一人物思いに沈み、部屋で待っていた聖の思考を戻ってきた二人の物音と気配が破った。
顔を上げると神栖が、つかつか目の前に近づき、聖を見下ろした。
「というわけで、今度の月曜日からここでアルバイトとして働いてくれ。詳しいスケジュールと仕事内容は、ここにいる武流に聞け。それじゃ、またな。聖」
神栖はそれだけ一方的に告げると、いま出てきた奥の部屋にまた消えた。あちらが社長室なのだろう。
隣の部屋へ去っていく神栖を見送って、吉井が大きな溜息をついた。
「まったく、そんな指示じゃわからないだろう」
神栖が消えた扉に向かって悪態をつく。
「高郡くん、君がどういう約束をしたかよく知らないけど、なんかそういうことになったようだ」
吉井の口調は苦い。勝手に決めた神栖への憤りもあるのだろう。
「君は承知しているのか?」
吉井の問いに聖は頷いた。
「吉井さんもご存じかと思いますが、僕は神栖さんに借りがあります。そのために、ここで働いて返すということで理解しています」
「返済の必要はないと思うけどね」
聖の言葉に吉井はまた溜息を落とした。
「いえ。僕がそうしたいんです。非はこちらにありますから」
まっすぐに吉井を見つめる。吉井も聖を見た。
その表情は怪訝そうで、それでいて感心しているようで、しかしやっぱりどうかしていると思っているようだった。
しばし、沈黙が続いた。
「わかった」
呟くように言ったのは、吉井だった。聖が本気だということを受け取ったのかもしれない。
「一日三時間か、四時間ぐらいで来られる時間を言ってくれるかい。仕事内容はその都度指示するから」
「はい」
聖はすっきりとした顔で笑った。吉井もそれに笑みを返す。笑うと冷たい感じが和らいだ。
「机はここを使って」
言われたところに荷物を置く。事務机には、書類がファイルに収められて、整然と並んでいるだけで、あとは綺麗に片ついている。
吉井はと見ると聖の隣のデスクの椅子を引き寄せて座っていた。
聖も慌てて席に着くと吉井とスケジュールの打ち合わせに入る。
授業やセミナーの予定をできるだけ避けた時間で調節してもらい、スケジュールは決まった。
一見とっつきにくそうだが、吉井は結構面倒見のいい人のようだ。
「じゃあ、月曜日からよろしく」
差しだされた右手を握り返し、立ちあがる。
「よろしくおねがいします」
聖は頭を下げ、部屋を出た。
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