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奇跡の刻

社長補佐

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「おはようございます」
息せき切って聖は秘書室に駆け込んだ。
「ああ。待ってた。こっちに」
吉井は聖を扉の開け放たれた社長室に招き入れる。
バイト二日目は当初は午後から出社の約束だった。大学で講義を受けた後、オフィスに行く予定だったのだ。ところが、朝も早くから吉井から連絡を受けた。
聖は今朝の電話を思い出す。
『おはよう。高郡くん』
「吉井さん、おはようございます」
受話器を持って誰もいないのに聖は頭を下げる。
『悪いんだけど、今日も朝から来てくれないかな。ちょっと緊急で頼みたいことができたんだ』
武流の声はなんだかいつものように余裕がない。後ろでもマシンが動く音が微かにしている。
聖は時計を見た。
時刻はまだ、朝の八時前だ。
もう、出社しているのだろうか。
「いいですよ。仕度したらすぐに行きます」
聖の答えに嬉しそうな安堵の吐息が聞こえた。
『よかった。待ってるから、気をつけて』
「わかりました」
すでに、大学に向かうべく仕度をはじめていた聖は、着ようとしていた服をしまい、スーツをクローゼットから取り出した。
電車に揺られながら、友人に今日の授業は休むと簡単なメールだけ送って、聖は駅からの道も小走りでオフィスに向かった。
今日も朝から強い日差しが照りつけ、すでにシャツの下は汗ばんでいる。だが、余裕のなかった吉井の声が聖を急かしていた。
なにがあったのだろう。
朝のことを思い起こしながら、吉井について社長室の扉の前まで来ると、聖は真正面のデスクに座る神栖の姿を見出した。
朝早い出社だっだろうに、神栖の様子は今日も隙がない。白のぱりっとしたワイシャツに薄いグレーのネクタイを締めている。白いシルクの糸で模様が入っているのか、窓からの朝の光が時折、それを反射した。
社長室に足を踏み入れる。毛足の長い絨毯に足が沈んだ。機能的な秘書室と違って、こちらは重厚な様子だった。しかし、整然としていて、やけにすっきりしているところは秘書室と似ている。広さはこっちの方が広いだろう。壁際に並んだ書類棚も大きさまで揃ったファイルがきちんと並んでいる。人間味がなく味気なく見えないのは、コーナーに置かれた観葉植物のせいかもしれない。その大きな葉の緑が、茶色と黒で統一された部屋を重く感じさせない。
入室して、ぐるりと部屋を見渡した聖は、デスクについた見たこともない険しい表情の神栖に背筋を伸ばす。
「輝、高郡くん、来たよ」
吉井の声に神栖は睨みつけていたPCの画面から聖へと視線を移した。
聖はデスクの前に移動する。下から見上げられて、いつもと違う目線に聖は戸惑う。
「悪いな、聖。ちょっと、予想外の仕事が発生したんだ。今から渡す書類のチェックを頼む。文章の通りの悪いところは全部直せ。赤字で書けばわかるから。わからないところは赤で、そう、クエスチョンマークでもつけといてくれればいい。書きあげた順に印刷しているんだが、印刷はあっちに出るから、その都度取りに行ってくれ。質問は?」
ざらりと説明されて、聖は戸惑いの表情を浮かべた。余裕がないのは神栖も同様のようだが、説明が簡潔すぎて、よくわからない。
「書類はどこに?」
神栖は聖の後ろを指さした。振り返るとソファのところのローテーブルに山と紙が積んである。
「全部ですか?」
「いや。上の方の通番部分だけだ」
なるほど。まずは整理からだ。
「『てにをは』“を直して、さらによく意味の通じないところにはチェックを入れればいいんですね」
神栖が頷く。
「まだ、続きと直し分は印刷が出てくるからそれをさらにチェックする?」
「そうだ」
「わかりました」
聖の答えに神栖は満足げに頷く。
それを横で見ていた吉井もつめていた息を吐いた。そのまま、聖を連れて秘書室に移動した。自分より緊張している吉井に聖は首をひねる。
「じゃあ、高郡くん。作業場所は好きなところを使っていいから。俺は出かけるからあとはよろしく頼むね」
「お出かけなんですか?」
一抹の不安が聖を過る。吉井がいなくなるとこの部屋で神栖と二人になってしまう。
「そう。だから、来て貰ったんだ。その分、明日は休みでいいから」
自分のデスクで、鞄に書類をつめながら吉井は言葉を続ける。
「わからないことがあったり、どうにもならなかったら、神栖にちゃんと言うこと。実は、この書類はコンペ用の提案書なんだ。だから、かなり細部まできちんとしていないといけない」
聖は息を飲んだ。そんな大事なことをバイトにやらせて大丈夫だと思っているのだろうか。もちろん、聖は自分の持てる力は全て使うつもりだ。神栖の役に立ちたいのだから。
だが、少し大事な仕事過ぎないか。
「自信ない?それなら、先にそう神栖に言ってくれ」
しかし、聖は首を横に振った。自信なんてないが、やってみなければできるかできないかはわからない。
「やってみなければわかりませんから、全力を尽くします。こういう書類には規定はないんですか?」
「規定というと?」
「先ほど、吉井さんは細部まできちんととおっしゃった。だから、章立てとか書き方に一定のルールがあるのではと思ったんですが……」
吉井は聖の言葉に深く頷く。
「一定の基準はないが、章立ては大抵決まっている……そうだ」
そう叫ぶと吉井は、自身のデスクの後ろの書類棚を開くと中から分厚いファイルを二冊取りだした。
「これが最近、通った提案書のファイルだ。うちはだいたいこんな形で出しているから、これに沿っていれば問題がない」
重いファイルを二冊受け取る。きちんと穴をあけて閉じてある書類になっている。ばらばらとめくってみてなるほどと思う。
まずは、この構成を確認して、このフォーマットに合わせるように直して行こうと思う。
「締め切りは今日の午後五時だ。あまり時間をかけていられない」
ファイルから顔を上げて、聖は吉井を見た。確かに時間はあまりない。どのくらいできているのかわからないが、かなりきつい作業になりそうだと聖は思った。
「あと、そうだ。昼は勝手に適当にすませて。輝は自分のことにかまけると他はどうでもよくなっちゃう奴だから。たぶん、君のことに気は廻らないと思う」
そんなことに気を使っている暇はないだろうと聖も思った。どう聞いても結構な事態だ。
「わかりました。その辺は適当にやります」
「じゃあ。俺は出かけるけど……大丈夫?」
吉井はかなり心配そうだ。バイト二日目の学生にこんなことを頼むのは相当無謀だと聖も思うから当然だが。
「大丈夫です。できないことはできないと申告しますから」
そこは大事だと聖は思う。意地を張ってできると言ってしまったら、手伝いどころか足を引っ張りかねない。
きっぱりと言い切った聖に、心配げだがそれでも少し安心した様子で、吉井は出かけていった。
まずは、このファイルの分析からだ。
聖は受けとった過去の書類の構成を頭に入れ始めた。

時計の音だけが、静かなオフィスにカチカチと響いた。
社長室のテーブルに山と積まれた書類から、新しいものだけを選んで通番に並べていく。他のものは横へ避ける。
聖に与えられた仕事は、吉井が心配するほどのこともなく滞りない。神栖の書いた書類はあまり不明瞭な個所はなく、聖の仕事はほとんど印刷機から吐き出された紙の整理と簡単な『てにをは』の修正だけだ。プレゼン同様、ビジネス文書も完璧で、つい引き込まれて読んでしまう。データに裏付けされた理論展開は気持ちいのいいほど整然としている。
ふと顔を上げると神栖の真剣な横顔が見えた。
だてにこの年で一社率いているわけじゃないんだよな。
さらに聖の神栖に対する尊敬の度合いは増していく。社員に慕われ、仕事の質も超一流。
あと六年たったら自分はあの位置に立っているだろうか。
負けたくないと思う。
神栖さんに一人前の男として見てもらいたい。あの強い光を湛えた瞳で俺を見て欲しい。
いままで感じたことのない競争心と渇望が聖に湧いた。
いまは無理でもいつかあの瞳が自分を認めてくれたらいいのに。
端正な顔が画面に集中しているのを聖は眺める。何をしていても神栖は様になるが、仕事をしている時の表情は同性の自分でも惚れぼれとする。
つい溜息をつきそうになって、聖はそれを飲みこんだ。そのせいで我に返る。じっと神栖に見惚れていたことがバツが悪くて、聖は何となく壁に掛かった時計に視線を移す。そこだけ音があったからかもしれない。
時刻はすでに昼近い。
なにかお腹にいれるものを買ってきた方がいいか。
途中、神栖のために一度珈琲を入れたのだが、それは手もつけられずにデスクの隅で冷たくなっていた。聖がここに来てから、水の一口も口にしていない神栖を見る。
それにしてもすごい集中力だ。
あまりの没頭ぶりに感心する。自分もわりと作業にのめり込んでしまうほどだが、ここまでではない。
神栖は自分が印刷機とこのテーブルを行ったり来たりしていてもまったく気にならないらしい。それどころか、自分以外に人がいることすら忘れていそうだ。
とりあえず、おにぎりくらい買ってくるか。
聖はそう思って席を立った。
「どこへ行く?」
音もなく立ちあがり、背を向けたとたんに低い声が聞こえ、聖は振り返る。
「え?あ。あの、買い出しに……」
急に声を掛けられて驚いたのと、低く甘い声に鼓動が跳ね上がった。
「ああ。もう、そんな時間か」
神栖も壁の時計を見上げた。
「データ、まだプリンターに送ってなかったからな」
言いながら、神栖はリターンキーを小指で叩く。
そうか。無駄足になるから声を掛けてくれたのか。
意外な心配りに聖は驚き、感心した。こういう気配りが上に立つ者には必要なんだと思う。
「どこまで、できた?」
「あ。すでに印刷されているところは、確認し終わりましたけど」
テーブルに戻って、聖は束にした書類をとんと揃え、神栖に手渡す。すでに六十ページは越える資料だ。
ばらばらと神栖は紙をめくった。ざっと黙って目を通す。
「意味がわからないところはなかったのか?」
「はい。クリアでしたけど……」
まずかったかと聖は首を傾げる。特にひっかかるところもなかった。文の通りの悪いところと体裁が違っていたくらいだ。
「そうか。だったら、打ちなおせば済むな。あと項目二つと要旨と結論だけだから、間に合いそうだな」
「え?僕のチェックだけで済ませてしまうんですか?」
「最後、自分でも目を通すから心配するな」
にっと笑われて、どぎまぎしてしまい聖は顔が熱くなる。
「とにかく、昼ごはん買ってきます。何がいいですか」
顔が火照っている気がして、聖は口早に言う。
「サンドイッチ」
神栖は手元の書類にまた視線を落としていた。聖は少しほっとする。
「わかりました。行ってきます」
「大通りをはさんだビルの一階にパン屋があるから、そこで。生ハム入りのがいいな。コンビニで買うなよ」
背を向けて部屋を出ようとするときに掛けられた声に返事をして、聖は部屋を出た。

神栖の言ったパン屋はすぐに見つかった。昼時ともあって混んでいたからだ。色とりどりの菓子パンが並んでいて、まるでお菓子屋のようだ。サンドイッチもパンが白パンだったり、雑穀入りだったり、ライ麦パンだったりと種類が多様で聖は驚いた。
生ハム入りはフランスパンにはさんであり、それだけだったので迷うことなかった。自分も同じものを選んだ。
そのまますぐにオフィスに戻る。
神栖はまたPCに向かっていた。残りの項目を片つけているのだろう。
まずは、珈琲を入れなおそうと聖はデスクの端の珈琲カップを持ちあげた。
あ。飲んである。
すっかり冷めてしまっていただろうに。
そう思いながら、ソーサーごとカップを持ち上げるとかちゃりと食器が音を立てた。
しまったと思った時は遅く、神栖がこちらに顔を向ける。
「ああ。戻ったのか」
「すいません。邪魔をしました」
謝ると驚いた顔をされる。
「してないさ。ああ。それありがとう」
「いえ。冷たかったんじゃ……」
両手で珈琲皿を持つと神栖はふっと笑った。
「まあな。でも、うまかった」
笑われるたびに聖は身の置き所がない。面白そうな笑みでも嬉しそうな笑みでも同様だ。胸の鼓動が早くなる。
「あの。サンドイッチ買って来たんで、入れなおしてきます」
慌てて聖は部屋を出た。
勘弁してほしい。神栖さんと視線が合うと微笑まれるとどうしていいかわからない。
秘書室の前にある給湯室の珈琲メーカーで珈琲を入れなおす。カップ一杯ごとに豆を挽くタイプの本格的な珈琲メーカーだが、操作はカップを置いてスイッチを押すだけだ。
ふうと息を吐く。
憧れていた遠くの世界の人が近くにいるというのがこんなに息苦しくて、どきどきするものだとは思わなかった。
自分に注意が向いていないときは、眺めていられるのに。
学年首席で、すらりと中性的な容姿の聖は女子学生の噂の的だった。その中で聖に告白してのけるつわもの女子もいて、聖は女性と付き合ったことも何度もあった。
しかし、その誰ともいたってクールに付き合ってきた。
理知的で常に冷静、誰もが聖をそう評価した。
感情で動くな。
聖は自身で気持ちに歯止めをかける。
もともと感情で動くのは、好きではない。衝動的に何かをしたいと思わないし、衝動を感じたこともない。
そうは思うものの、神栖といるといつもは薙いでいてクールとさえ言われる感情がざわめいて、時々、ひどく不安になった。
自分も他人に深く踏み込まない代わりに誰も踏み込ませない。
自覚がどこまであるかはともかく、聖はそういうタイプだ。
なのに、神栖のことをもっと知りたい自分がいる。側にいて見ていたいと思う自分も。
すごいと初めて思った人だからだ。天上人が目の前にきたら誰だってそう思うはず……。
聖は二、三度頭を振って、よくわからない感情を振りほどく。
早くしないとせっかく入れた珈琲が冷めてしまう。
カップを持って、聖はまた社長室へと急いだ。

「人心地ついたな」
書類を一時秘書室に避難させ、社長室のソファで軽い昼食にした。神栖は美味しそうに珈琲を飲んでいる。
「ここのサンドイッチは全部手作りなんだ。味はこのあたりじゃ一番だ」
食べ散らかした包み紙をビニール袋にまとめながら、聖は神栖の話を聴く。
聖はあまり食にこだわる方ではないが、確かに美味しかった。
「コンビニのはだめなんですか」
「だめだろう」
あっさり否定されて、聖は神栖を見た。
実は案外、食道楽なのかもしれない。そういえば、神栖が作ってくれた朝食もおいしかったなと思う。
「あ、そうだ。クッキーも買ったんですけど、食べますか?」
うれしそうにサンドイッチをぱくついている顔に聖は内心笑いながら訊いてみた。神栖の瞳が嫌そうな光を浮かべた。
「それは、お前が食え」
きっぱり否定されて、聖は面食らう。
「え?嫌いでした?」
「甘いものはだめなんだ」
嫌そうに鼻の頭にしわを寄せるしぐさが妙に子供っぽい。
こんな顔もするんだ。
それにしても、食べ物にかなりこだわりがあって、甘いモノ嫌い。意外な一面に少し、神栖が身近に感じられて、つい訊いてしまった。
「他にもあるんですか?」
「何が?」
「食べられないもの」
サンドイッチを食べる手を止めて、神栖は聖を見、「そうだな」と呟いた。
「ピクルスとセロリ」
答えはかなり意外で聖は驚いた顔をする。納豆とか豆腐とかなんだか純和風なものがだめそうだと勝手に思っていた。
「お前は?」
「え、僕は……」
じっと見つめられて、聖はどぎまぎする。たわいない会話なのに心臓が大きく拍動して困った。
相変わらず、神栖は面白そうに聖を見る。
「ケチャップ……です」
「はあ?」
わからなかったのか、神栖は首をひねった。
「だから、ケチャップですって。あれかけるとなんでも味が同じになるんで、嫌なんです」
一息に言うと一瞬、きょとんとした神栖がいきなり笑い出した。
「ケチャップ」
といいながら、笑っている。
なんかバカにされているようで、聖はおもしろくない。ソファのひじ掛けに肘をついて、手のひらに額をつけて神栖は笑い続けていた。
「意外なものがだめなんだな。かわってる」
くっくっと笑いながらの言葉に、神栖さんに言われたくないとちょっと聖は思った。
神栖はサンドイッチの最後の欠片を口に頬り込むと、珈琲を喉に流し込む。
「ごちそうさま。それじゃあ、直しにはいるか」
立ちあがった神栖はまだ、座ったままの聖を上から見下ろした。
「聖。そっちのプリンターに三項目分打ちだされているから、チェック頼む」
「はい」
立ちあがって、聖は短く返事を返した。神栖はそのまま自席に戻る。
テーブルを片づけて、台ふきんで軽く拭いてから、聖は書類を持ってくる。
あと三十枚というところだ。
隅から隅まできちんとチェックして、一時間半というところだろう。すでにPCの前で作業を開始した神栖を横目に、聖もソファに座りなおすと、書類に目を通し始めた。

「それで、これが最終版なのか」
分厚い資料はきちんと穴をあけて、ファイルにとじられていた。それをぱらぱらとめくりながら、吉井が尋ねる。
さっき外出先から帰社するからと連絡があり、帰ってくるなり心配だったのか、まっすぐに社長室に入ると、書類を見せろと詰め寄られた。
神栖は横においておいたファイルを渡し、吉井はいまそれを見ているところだ。
「そう。午後四時半ごろに出来上がって、バイク便で届けた。きっちり、約束通りに提出したぞ」
夜、八時をすぎた社長室の窓の下には、きらきらとした東京の夜景が広がっている。光の軌跡をたどれば、どこに道路があって、線路があるかわかる。繁華街は光の洪水だ。
「問題なしだろう?」
吉井はソファに腰掛けながら、書類を眺めていく。それを眺めながら神栖は自分の口元に笑みが上っているのを感じた。
「お前と俺で、昨夜かなりまとめたからな。変なところは少なかったとは思うが、聖はなかなか使えた」
「そうみたいだな」
吉井もファイルを閉じて神栖を見た。その顔はホッとしているようだ。
「お前がよく間違える体裁も完璧だし、誤字脱字もなし。文章の通りもいいようだ」
「几帳面そうな性格だからな。その上、まじめだ。融通はきかなそうだが、優秀なのは間違いない」
自分のデスクによりかかって立ちながら、神栖はにっと笑った。
「そのようだ。こっちで頼んでいる簡単な仕事も手際よく、完璧にこなしているし。学生を雇ったのは初めてだが、これだけできるなら、今後も検討ありだな」
「優秀なのを探すのは結構大変だと思うが……」
「まあな。でも、東都大の成績優秀者ならけっこうまともなんじゃないか」
「滝川教授が気に入っていると言ったら考えてもいいな」
吉井が差し出したファイルを神栖は受け取る。滝川教授は学者だが、学生の評価は確かだ。恩師のことを神栖はそのくらいは評価しているし、だからこそ講演会も引き受けたといえる。
「それは、正しいな。だが、そんなの三年に一人いるかいないかだろうな」
そう呟いた吉井に睨まれて、神栖は肩をすくめた。
「まあ、来週にも補充が入るんだろう。これでお前は雑用からも秘書業からも解放されるんだから」
「こんどこそ、長く使ってくれよ。お前の秘書の勤務記録は、まだ、六か月が最長なんだから」
深くため息をついた吉井に神栖は「努力する」と答えて笑った。
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